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旧道倶樂部録"

nagajis不定記。
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1941-05-04 この日を編集

[陸幼日記]五月四日 日曜日 晴

六時起床す。服装検査後より二時間、家と田口亨一へ手紙を出す。以後半時間に運動場を散歩し、それより三十分勉強をする〔をする、に朱傍線〕。十二時半より十五時半まで勉強為し、十六時四十分まで運動を為す。夕食後軍歌演習あり。今日は明日授業(教授部)なきが正規の自習なりき。


1942-05-04 この日を編集

[陸幼日記]五月四日 月曜日 晴

今日より日朝点呼は室外にてあり。即ち生徒舎西側。全校にて四等なりき。起床後裸体にて露店に出ず。何と清々しからずや。
午後の訓話は世界の現勢につきあり。柔道又真剣ならずや。大外刈を学ぶ。随意運動時は明日の祭典に具えて愛校作業をなす。鉄棒を行うも豆の為十分ならず。今日より大車輪の練習を毎日続けんと決す。塵も積もれば山となる。必ず前期中には上達させん。
愉快なる今日も夕に至り不快なる事一つあり。之により自習時間に身が入らず。何となれば望月と言い合う。正義なれ。公明正大なれ。淡白なれ。
十七時警戒警報かゝる。又空襲なるか。


1943-05-04 この日を編集

[陸幼日記]五月四日 火 晴

近日運動具委員の関係上自習が欠くること甚し。作業は要図調製、音楽、愛校作業の際は入江と共に龍田山麓まで行き榊を漸く見つけ武道場のを新にす。途中鳥の巣を二つ見つけて帰り博物料に収めたり。二訓切磋・談話会。体力おとろえり。睡眠をとるべし。


2014-05-04 この日を編集

[煉瓦刻印] 山陽窯業@広島県比婆郡

http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1107975/1764

画像の説明やっと見つけた・・・.『大日本商工録』昭和6年版だ.山陽電鉄のマークからレールを取り除いたらこれになる.

デフォルメされた縦棒がこんだけ接近していると吉名煉瓦の○Yと見分けがつかないじゃないか.隙間に粘土が詰まったまま打ち続ければ全く同じになるだろう.手元の写真および現物ではどちらとも断定できなかった.とはいえ背稜山脈の懐にある庄原から大阪くんだりまで運ばれてくるとは思いがたく,そもそも瓦・土管に継ぐ三番目の取扱商品として煉瓦が出てくる程度だから,あれは吉名でいいのかも知れない.ちなみにこの会社,昭和7頃には第27工場まであった(比婆郡敷信村).個人事業者をたくさん傘下にして,それらを工場と計数して水増ししてたんじゃ中廊下.

「SRK」やキシレン印を使った山陽煉瓦は昭和17設立.兵庫の山陽窯業はT6にできT14に分裂.たぶん無関係.


2016-05-04 この日を編集

[奇妙なポテンシャル] 雌伏の時

画像の説明今はまだ、幼樹とか灌木とかなんだろう、いずれ大きく逞しく成長するんだろう、と思った。

同じことを100万回とはいかないまでも12、3万回くらいは言われてると思う。しかしこの手の看板が苗字や名前をひらがな書きにするのはそうしたほうが選挙に臨んで有利だから|||おぼえてもらいやすいしとうひょう用紙にかきやすくもある|||隣人の例で言えば祝岩井磐井岩居呪どれであるか悩む必要がない|||というただその一点にのみ眼目を置いたものであって姑息甚だしく唾棄すべき慣行としか思っていないものだから特段申し訳なく思ったりはしない。悔しかったら漢字で堂々と書こう。主義主張と政策で勝負しよう。そもそも薗内って書いてあったほうが一目で読めるし覚えもしやすいのではないか。むしろ浩樹のほうがありがちで紛れやすいんじゃないか。


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