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旧道倶樂部録"

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2010-11-03 [長年日記]

[] 明治〜大正福井県:土木年表

大正福井県史より。土木費支弁法が頻繁に改正されているのが、意外なようでもあるし、実際にはどの県でもこの程度改正されていたのかもしれない。DAで見たと言っても収録されている年度は限られているからな。

明治35年に郡費支弁里道の制度が明文化されているらしい。こういうのは初めて遭遇した(原文がねえ!@DA)。近畿圏周辺では希なことではなかろうか。

出典:福井県史。 http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/960758/188

置県〜明治6
道路の修築・橋梁の新設・道路の改修を民間に委託、賃取を許可
明治6年(敦賀県時代)
北陸往還日野川筋白川橋架設
6年6月架設許可/11月落成、1100余円向こう4ヶ年の橋賃徴収
新保道安居川筋海老助橋架設
6年10月架設許可、7年4月落成、1200余円、5ヶ年
三国道九頭竜川筋中角橋架設
7年9月架設許可、8年6月竣工、2300余円、5ヵ年)
春日野新道
南条郡四郎丸村より同郡河野浦に達する。5年11月許可、7年5月落成、9700余円、9年より向こう48年の道銭徴収
粟田部街道
武生−粟田部間。7年1月許可、10月落成、1200余円、向こう7ヵ年)
北陸新道の開削・修繕
丸岡より牛ノ谷峠を経て加賀国大聖寺に達する。丸岡町民長田四郎らの願、8年5月許可、3年を費やして完成
いずれも民間の手による。他に三方郡南前川村の島津五郎太夫が自費で街道筋120〜130間を修繕
明治6年8月
道路等級制。 明治7年5月(敦賀県)
民費賦課規則を定める
一等道路
北陸街道
二等道路
若狭道、大野道、勝山道、丸岡道、坂井道、四箇浦道、春日野道、熊川道、疋田道
99橋を大橋に、11橋を中橋に指定。大橋と一等道路小橋梁修繕費を官費支弁、中橋と二等道路小橋梁の修繕費を六官四民とする。道路掃除は自費だが閑散地では一戸七間に限定、残りは郡の補助。
明治8年9月
九頭竜川の舟橋を廃し木橋に 明治9年6月
国県里道制。
国道
北陸街道(旧一等道路)
県道
旧二等道路
里道
その他の諸道
敦賀より杉津に至る海岸道の開削。阿曽隧道。
若狭道の本坂・海老坂の切下げ。
四箇浦道の二個所切下げ。
明治11年
明治天皇北陸巡幸にあわせ石川滋賀両県と協定して北陸街道、西近江、春日野、坂井、丸岡の各支道、福井−坂井港間の支道を修繕。
北陸新道に大修繕を加え車道に。本街道廃れる。
この年滋賀県が敦賀−木ノ芽嶺、麻生口経由柳ヶ瀬に至る道、麻生口より新堂野越(新道野)を経て塩津に達する道を修繕、車馬の通行を便にする。
明治13年
若狭道の改修
福井−大野間の道路改修。内山七郎右衛門らの献金をもって花山峠を開削、足羽川左岸に沿って捷路をなす。16年竣工。
明治17年
勝山道九頭竜川渡船場に舟橋架設、橋銭にて工費償却の出願。小舟渡船橋。
丹後道三方郡内岩出峠の開削、椿峠の平夷に着手、明治19年竣工。
明治18年2月
国道表。北陸道の福井県庁以南を第18号路線、以北を第19号に。
明治18年4月
若狭近江両国に達する新道(いわゆる春日野新道)の改修計画。18年度より3ヵ年、春日野新道と丹後街道岩出・椿・須賀美・吉坂の四坂開削が決まる。須賀美坂以外は完成。小浜町と大飯郡和田村間を除いて南北に車両が通じる。
明治19年
京都府と連携して吉坂峠の改修。
天爵大神による永平寺道恋坂の改修。明治21年竣工。
明治21年3月
町村費負担の道路修繕標準を定める。
美濃道荒島山麓を改修、九頭竜川に琴洞橋架設。
明治22年3月
土木費支出規則を改正。
若狭道熊川村より近江国未谷村間の大改修。
明治23年1月
土木費支出規則改正。地方税支弁道16、五分補助道56線。
明治25年
北陸道湯尾峠を避け山麓に新車道を開削。
勝山、吉崎、丸岡、西近江、梅浦、蒲生の諸道改修。
明治26年
県内各道の大改修。26年度から30年度まで五箇年継続事業で、勝山道ほか29道の改修、九頭竜川堤、笙ノ河・児屋河予防工、三方郡嵯峨隧道修築。県費21万9500円。
美濃道改修。真名川に君ヶ代橋を架し、油坂嶺に隧道を開削。
粟田部道日野川の万代橋架換。
西田中道は翌年にわたって改修、車両を通じるように成る。
明治27年3月
土木費支出規則の改正。北陸道以下37道、及び架設の橋梁、その他主要路の橋梁を県費支弁に、美濃道以下71道を五分補助とする。
美濃道下山-河合間4300余間の開削。福井・面谷間の車道開通。
小牧道の幅員拡張。
勝山道の一部を改修。
粟田部道武生町−北新庄村間に新路。
明治28年8月
土木費支出規則を改正。県費支弁道54路線、五分補助92線。
粟田部道の改修続行。流失した万代橋を位置を変えて架設。
明治29年
敦賀道笙橋架換。
武生−鯖江停車場道を開削。ほか。
勝山道長淵−勝山町間水害で破損、線路を変更。
美濃道五箇村に隧道を穿つほか小改修。
明治31年
今庄−板取間の改修竣工。北陸道は板取以北すべて車両通行可能に。
丹後道関峠の開削、湯岡橋の架換竣工。
勝山道下荒井−大野町間の改修竣工。27年度より続いていた難工事。これで勝山−福井間に車両通行。
丸岡道金津町−鳴鹿間の拡張。三国より鳴鹿舟橋まで車道となる。
新保道改修。
浅水道改修。大土呂停車場より東郷二箇迄車道に。
織田道武生町より西方海岸に車両を通じる。
大野郡仙翁道は真名川左岸山裾を開き、大野町より上若王子に車道を開く。
その他牛首、坂谷、鮎川、坂本、川上、和田、新庄の諸道各改修を官僚、予定計画を完了するも、丹後道・丹波道に未改修の部分を残す。
10月土木費支出規則を改正。県費支弁道路73、諸橋梁五分補助を142線に。
明治32年
丹波道に谷田部坂を除き改修を加え、丹後道また前年の残工事を終え、敦賀以西丹後舞鶴迄車両を通じる。
泥原新保村−三国村間に新保橋架設。県下第一の長橋。
明治33年
九頭竜川改修にともなう権衡工事問題。実施に至らず。 明治35年3月
土木費支出規則を改正、36年度より施行、郡費をもって主要なる里道を経営し得べき事とす
福井停車場前城堀を埋め立て八間幅の新道を開設。
明治37年3月
敦賀道、丹後道が国道53号線となる。
明治38年
福井市幸橋架換。
明治39年
美濃道下穴馬村にて路線変更。
10月土木費支出規則改正。県費支弁橋梁22橋。
明治41年
敦賀停車場移転に伴い新道開削。
明治42年3月
県費支弁道・同橋梁を追加
明治43年
石田橋架換。
明治44年
美濃道上穴馬村地係を改修。
北陸道筋加賀口橋を鉄筋コンクリート造に改修。本県嚆矢。
大正元年
勝山橋の架設に着手。
粟田部道万代橋架換。
勝山道下荒井船橋を鉄線吊橋に改修。
11月、土木費支出規則改正。補助歩合など変更、2年4月より実施。
美濃道、池田道の改修。
大正3年
丸岡道鳴鹿船橋の鉄線吊橋化。
丹波道中井橋の鉄線吊橋化、金津町市姫橋の鉄工桁橋化(本県嚆矢)。
勝山橋竣工、県下初の鉄鋼吊橋。
大正4年
県費支弁道に改正
池田道小宇坂地内に隧道、持越橋の架換。
蒲生道の大改修。久喜津橋架設、志津川橋架換。
大正5年
池田、鯖江、大桐停車場、常宮、丹後の諸道改修、橋梁架替など。
大正6年
池田、常宮道などの改修続行。石田橋の架換など。
大正7年
池田、吉崎、美濃、砂小坂道などの改修。
小浜停車場道の開通。
長畝橋、三重橋の架換。
坂井郡布施田橋(6年1月起工)落成。
池田、織田道の改修、7年度より11年度まで継続事業。
小舟渡橋7年-9年の継続で架換。
11月、<b>仮定県道・県費支弁道路の追加。
大正8年4月
県費支弁道路橋梁河川中より板垣橋ほか16橋を削除
美濃道・池田道の改修。
河原市停車場道の開削。
道路法の公布。

しかし明治36年統計書では15の街道しか載ってないのだよな・・・。県道以外に悉皆支弁な里道が多数あったということか。これもちょっと近畿風でない。

北陸街道、大野街道、勝山街道、三国街道、金津街道、小牧街道、丸岡街道、梅浦街道、禅師王子街道、粟田部街道、丹後街道、西近江街道、刀根越街道、塩津街道、若狭街道

[] 明治23年福井県:土木費支出規則

http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/788709/184

では 北陸道、美濃道、勝見道、勝山道、三国道、小牧道、芦原道、敦賀道、粟田部道、西田中道、河野道、西近江道、塩津道、丹後道、若狭道、丹波道(24年改正で牛首、国富、蒲生、武生、丸岡追加)になってる。


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