nagajisの日不定記。
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大正福井県史より。土木費支弁法が頻繁に改正されているのが、意外なようでもあるし、実際にはどの県でもこの程度改正されていたのかもしれない。DAで見たと言っても収録されている年度は限られているからな。
明治35年に郡費支弁里道の制度が明文化されているらしい。こういうのは初めて遭遇した(原文がねえ!@DA)。近畿圏周辺では希なことではなかろうか。
出典:福井県史。 http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/960758/188
しかし明治36年統計書では15の街道しか載ってないのだよな・・・。県道以外に悉皆支弁な里道が多数あったということか。これもちょっと近畿風でない。
北陸街道、大野街道、勝山街道、三国街道、金津街道、小牧街道、丸岡街道、梅浦街道、禅師王子街道、粟田部街道、丹後街道、西近江街道、刀根越街道、塩津街道、若狭街道
http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/788709/184
では 北陸道、美濃道、勝見道、勝山道、三国道、小牧道、芦原道、敦賀道、粟田部道、西田中道、河野道、西近江道、塩津道、丹後道、若狭道、丹波道(24年改正で牛首、国富、蒲生、武生、丸岡追加)になってる。