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2012-05-18 [長年日記]

[] 指定府県道

戦前にも主要地方道のような位置づけの県道があった.以下覚書.

大正9年内務省令第6号「道路法第52条但書ノ規定ニ依リ監督官庁ノ認可ヲ受クルコトヲ要セサル件」第1条第5号の2
内務大臣ノ指定スル府県道以外ノ府県道又ハ其ノ附属物ノ新設又ハ改築ヲ為スコト」>内務大臣が指定する府県道の存在.本来は府県道=府県知事が認定するが,産業経済上国家が関与すべき重要な(県道)路線があるという考えから,上記のような「指定府県道」が存在した.国が補助金を出して改修.これは昭和初期に何度か樹立され,完遂することのなかった道路改修計画(昭和4年『産業道路改良計画』指定府県道のうち6000kmを10年間で改良<昭和恐慌で頓挫 昭和7年『道路改良計画』昭和11年度までの5ヶ年で5000kmを改修)なんかと関係がある.
指定府県道の路線採択基準
大正15年9月決定『指定府県道路線採択基準』
一 府県庁所在地より隣接府県庁所在地に達するもの
二 府県内指定枢要地より之と密接の関係を有する指定枢要地,指定港湾又は枢要なる鉄道停車場に達するもの
三 府県内指定港湾より之と密接の関係を有する枢要なる鉄道停車場に達するもの
四 国道又は前各号の一に該当する府県道より分岐し数個の枢要地を連結する重要なる幹線にして指定枢要地,指定港湾又は枢要なる鉄道停車場に達するもの
〔注〕
一 指定枢要地とは市又は二千以上集団戸数を有する地区を謂う
二 指定港湾とは大正十一年内務省訓令第六号第二条に規定するものを謂う
三 枢要地とは府県道の起点又は終点たるべき枢要の地として既に採択したるものを謂う

 で,大正15年9月1日内務省訓令第832号をもって指定が行なわれているらしいのだが,この原文が見つからない.昭和11年に改正された時のもの?は松波さんのところにある.

 指定府県道は各都道府県ごとに号数をつけて指定された.例えば奈良県の指定府県道第2号線は宇智郡五條町から尾鷲までということで伊勢街道+上市木本線みたいなものになっている.西熊野街道も指定府県道第6号ということになってる(S11時点).指定府県道は昭和27年の新道路法で二級国道になったものが多い.

 実際に指定府県道が指定府県道指定を受けたことで得られた恩恵はあったのだろうか.東熊野街道の沿線には昭和10年代の改修物件が多いのだが,特にこの頃改修対象になっていたという話を聞かない(把握してない).指定府県道指定に伴う改修があったと考えたらいいのかも知れない.

くそう,『道路の改良』にあったのに半分しかねえ.その前の号にも載っている。テキスト化したもの20130326へ。

田中好による『所謂指定府県道に就て』(道路の改良第9巻第1号)

T15の成立の背景、指定府県道の考え方はこれがいちばんわかりやすい。T12に郡道が廃止された結果、いまいちな府県道が増えたため、府県道の重要性・位置付けがあいまいになってしまったので、府県道の中でも特に(国にとって)重要な府県道を選び出し、積極改修の途をつけようという魂胆。(しかしT15のは訓令止まり。T16から1/3補助で改修する案も立ち消えになる。そうしてやっと10に第6号が改正された結果S11に告示される?)

あと神戸大学新聞記事文庫にもわずかだがあり。

道路公債法

http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1453029/507

旧道路法成立の直後に成立した道路改修計画。国道、軍事国道、主要府県道を国の補助で大改修。しかし関東大震災でポシャる。

第六号の修正 官報 1935年04月04日

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2958952/2

昭和11年の路線告示の前段階として?「内務省が指定するものの他」が入る。そうそう、大正9年に出た第6号には「の2」がないのだ。


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