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旧道倶樂部録"

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2013-08-02 [長年日記]

[煉瓦工場] 印南郡曽根村

西播煉瓦を訪問し、「セ」刻印に遭遇して、「セ」≠関野煉瓦であることを証明する必要が出てきた。雨も上がったことだし(蒸し暑いこと限りなしだが)ついでに足を伸ばしてみようという気になった。前回関野煉瓦跡を訪問した時には工場跡地しか見れなかったから、もう一度曽根の街中を歩いて確認しなければと思っていたのもある。

もう何度目になるかわからない曽根駅で下車。そこから歩いて南下してゆく。新幹線の高架を越えた辺りから路地裏に入り、煉瓦を探しつつ行くと……。あるわあるわ、古そげな煉瓦構造物が。

画像の説明最初に見つけたのはこの壁。民家の裏手にあって、屋敷の垣根ではなく煉瓦積みの小屋の一部であるらしかった。段になっているところに平が露出しているので、うんとこしょして覗いてみたら、「K7」がびっしり。

出た。「Kn」。n=7は尼崎で目撃していたけれども、まとまった量使われているのは初めて見た。最寄りの工場は播煉合同曽根工場→伊藤窯業だが、天川の川向こうには大正煉瓦の曽根工場があったし、下流には関野煉瓦もあったから、これだけではどこと推定することもできない。しかしn=7の出処がこの附近にあったらしことは言える。他所でも転石になったK7を見た。&、ここもn一定であるのでライン番号説を否定する材料になる。

画像の説明別の場所では煉瓦積みの蔵も目撃。2棟ほど。写真のものは腰壁に煉瓦が採用されていて、すべて播煉合同の「ヲ」が見られた。

そういうわかりやすいもの?ばかりだといいのだが、そうは問屋が卸さない。

[煉瓦刻印] 「へ」刻印(別所煉瓦/窯業?)

「へ」刻印(別所煉瓦刻印?)

最初に掲げた壁の前の空き地に転がっていたもの。 一文字 「へ」と打刻されている。実はこの刻印、似たようなものを尼崎で目撃している。セオリーでは作業者の識別符丁っぽいのだが、だとするとイロハが識別符丁に使われていたことになり、「イ」が伊藤窯業とか「ワ」が和田煉瓦だとか言いにくくなる。

別所村に最初にできた別所煉瓦、もしくは大正10年版に記載がある別所窯業の「べ」であるのかも知れず、今のところそれが最有力候補だ。しかしこの工場、資料では大正初期と10年頃にピヨっと現れるだけなので経歴がよくわからない。印南郡ではこれ1つしか見つからなかった(うえに工場から離れた所で発見した)のも説の根拠を揺るがす事態である。

このほかにも、楕円に十字が入った刻印煉瓦の断片を採取した。これもちょっと解釈が難しい。こじつけかも知らぬが原田煉瓦の「田」を意匠化したものではなかろーかと思っているが、原田工場の周辺にはなかったし、1つしか見つかっていないので、話題の俎上に載せにくい(とかいってここに書いてるけど。そういうところだ>ここ)。煉瓦自体はこの辺りでよく見る焦げ茶系の煉瓦だったのだがなぁ。

[煉瓦工場] 続・印南郡曽根村

それで肝心の「セ」刻印は見つからずじまい。古い民家が残っているのは曽根町を東西に横切っている県道718号の北側で、小字でいえば南之町、東之町といった辺りになるが、かなり細かく入り込んで(というよりも迷い込んで)かなりの量の古煉瓦をひっくり返したつもりなのだが見つからなかった。

「セ」=西播だとすると、今度は関野煉瓦は何?って話になる。大正14年の「重要貨物調書」煉瓦編、曽根の煉瓦工場の筆頭に関野煉瓦があがってるくらいだから、それなりにでっかかったはずなのだが……(ちなみに他には中播と大正煉瓦が挙げられていて、曽根駅の貨物輸出量は合わせて16000トンとなっている。曽根駅からの煉瓦輸出は山陽本線中では耐火煉瓦でおなじみの三石に次いで多かった)。

画像の説明


1つ引っかかるのは、ちうよりも無理くり引っ掛けるならば、広島の吉名煉瓦が使っていたのと同じ刻印の煉瓦が見つかっていること。今回の曽根歩きでも見つかった。具体的には①曽根町の国道西側の旧家の敷石、②播煉中筋工場近くの民家の敷石、③曽根町南之町の畑の中、の三箇所だ。まとまって使われている例はまだ見ない。○を三等分した記号はYoshinaのYを○で囲ったものとされていて『煉瓦刻印集成』にもそう載っている。広島県の煉瓦工場の記録『赤れんが物語』でも大きな工場だったことが紹介されている。しかし遠く離れた兵庫県まで分布しているものだろうか。&、それ以外の広島の煉瓦が見られないのも疑問符。だいいち大阪の煉瓦さえ入ってきていないようなところなのだ。印南郡は。

関野煉瓦の所有者は関野與平という人なので、YoheiのYを○囲いしたもの、とこじつけられなくもないな、と帰りの電車の中で思った。他に該当しそうな刻印が見られないのだし。どっちにしても発見数が少なすぎ、現状では判断を下せない。頭の片隅に置いて熟成発酵させるほかないだろう。

煉瓦刻印のマッチングはマインスイーパーと同じような面白さがある。最初は見当もつかない地雷原だが、一つひとつ理詰めで考え、外してはいけない法則を押さえ、従っていけば、そのうち解けるような気がする)。解けたところで誰の役に立つかは考えてない。面白いからやっているだけだ 。

[独言][C60] 其他

画像の説明使い途のない写真の供養。四郷町見野で見かけた火の見櫓。足元が倉庫になっていて、

画像の説明

非常に立派な石製額が掲げてあった。しかも左書きだ。消防器具倉庫でこんなに立派なのは初めて見た。

火の見櫓の構造もちょっと面白い。同じようなアーチが採用されたものを郡内他所でも見かけた。

画像の説明C60もどき。曽根町中之町集会所前の公園にて。こういうのも取り上げてたらきりがないが、なぜか写真に収めていたので、片付ける。

[KINIAS] ネタ

http://megalodon.jp/2013-0731-1923-57/www.afpbb.com/article/life-culture/culture-arts/2958760/11104051

http://megalodon.jp/2013-0731-1923-19/www.sanyo.oni.co.jp/news_s/news/d/2013071208581322/

[独言][ToDo] 美貌録

吉野町2p、和田2p。中間子論。2600。後ろ2者のほうが大変。じっくり構成を練るしかないが……時間があるだろうか? 思想を反映させずに2600年なんて書けるんかね? と思ったりもするがnagajisにはそもそも確固たる思想なんてないだろ。利害関係も有してないし、ある意味適任者なのかも知れないな。最低賃金以下の収入しかなく生活保護すら検討しているようなヒキニート部外者だからこそ書けることだってあるだろう。

○○と自分に言い聞かせてやる仕事なんてつまんないからな。すべては自分のするべきこと。誰かのためにやってるんじゃなく自分のためにやっている。そう言い聞かせずに自然に認識したいものだ。


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