nagajisの日不定記。
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↑あーあー
地形図じゃなかったか。waybackmachineから発掘してきたけど図書かなあかん。しかも解像度めっさ荒い。図をトレースするって簡単なようで難しい。どこが必要なのか、どこを省略できるのかわからない。あーあー。やるならやる、やらないならやるでさっさとやっちゃえばいいのに。あーあー。
奈良図に行きたい。行かねばならない。行きたいと思ってもすぐに行けない状況をあーあー。
あーーあーー。つぎ滝川のときは風屋ー野尻を確認のこと。あーあー
歩かなければ新たな興味が広がらない。進まなければ止まらない。ああー
まどみちお氏逝去の報を聞いてやぎさん達の行動事象歌に思いを馳せている昨今である。あーあー
知事引継書はなぜ別表を省略しておるのか。大事なことがわからぬではないか。あーあー
文用。Introduction。大阪の煉瓦製造業。全国の40%を製造したこともある主要産業。けれども完全解明からは程遠い。そもそも刻印ー会社の対応ができてない。あーあー。
2。古い煉瓦には刻印。(ex.大阪府庁跡から頒布樹三書刻印煉瓦。泉布観の煉瓦) 考古学資料としての価値。 刻印(煉瓦)からその建造物の建造年を推測。しかし 刻印ー会社の対応は不完全。
水野新太郎氏の研究。主に大会社のもので、採録されていない刻印は無数にある。
そこで
研究の目的:刻印と会社のマッチングを行ない、より網羅的な対応表を作成したい。あわよくば関西圏の煉瓦製造業の長消を研究。
手法:刻印採取と分析。文献資料渉猟。
まず「いつどんな会社が存在したか」洗いざらう必要。先行研究として泉南市紀要。より徹底的に資料調査(工場一覧のほか商工録ほかの資料も。ただしwebで)。かわりに関西圏全部作っといたから。(この部分は配布資料に委ねる)
以下手法の解説しつつ特徴的な刻印の説明。あーあー1.資料から。2.刻印から。3.煉瓦分布状況から(工場跡地とされる場所での採取、その周辺における分布状況)。4.「共使い」からの絞込。
成果は配布資料見てね。不完全だから計画はご利用的に。
今後の課題。分布状況の調査。年代既知な煉瓦建造物に見られる刻印の例の採取(特に大会社以外のもの。発掘調査報告書。建造物移設改築調査報告書の類薄い)。煉瓦製造業に関する文献資料の収集。とくに明治初期の。
話す用。 関西の煉瓦製造業。最盛期には全国の40%の煉瓦を製造。始まりも古い(造幣寮、砲兵工廠。京都神戸間鉄道)。全国を代表する産業だった。にもかかわらず研究進んでないんじゃね。まあ全く途絶えた産業ではあるけれども。
とっつきやすいところ。刻印<>会社名のマッチング。言い換えると会社がどんな刻印を使ってたか特定。煉瓦刻印。会社が自社製品であることを示すために。だから会社が使っていた刻印がわかれば年代推定のものさしに使えるんじゃね。そのへんに転がっている高々2000ccくらいの物体から製造年がわかるってのも面白いやん。あーあー
煉瓦刻印の先行研究はある。第一に水野氏の研究があるが不完全。意外と関西のが少ない。
この時点ですでになげえな。言いたいこと整理しとかないと無理。あーあー。
1.資料から。おもに「大日本商工録」。大正期の5大窯業。先行研究から貝塚。と言われてるけど一次ソースわからんかった。まあ年代合わないことないけど。知ってる人いたら教えて。
旭窯業。実物存在。
2.刻印から。刻印の形自体がヒントに。さきほどの旭窯業、旭日マークだから旭窯業ともいえる。これは奈良の例だが「小」を図案化。丹治煉瓦工場跡の「丹」マーク。
3.分布状況から。大阪狭山市の大阪煉瓦。六稜星。「★」。転石の活用。
4.共使い。旧府神社。日本煉瓦と堺煉瓦と★。部屋とYシャツと時々私。 岡町の井桁。
以上のクロスチェックで絞り込んでいくことが可能ではないか。