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2014-08-21 [長年日記]

[独言] 国防と産業

日本がファシズム化し第二次世界大戦に突入していこうとする昭和10年代。軍部は軍事政権を作ろうと画策して、その根回しとして頻りに産業振興を標榜した。戦争をするには装備が要る。金が要る。それを得るために産業を盛んにしなければならぬと説いた。世の中が昭和不況で疲弊した直後のことだったから「産業で潤うべし」というお題目はすんなり受け入れられた。そうして昭和10年頃からV字カーブを描いて産業が発展した。世の中も潤った。その先に満州事変があり日中戦争があって大戦、敗戦。

最後の10年間に軍事と産業が密接につながっていたことが、産業遺産に対する軽い忌避をもたらしたのかも知れないと思ってみる。それは例えばイギリスで産業革命の遺構を研究しようというムーブメントから産業考古学が興ったのとは若干 経緯を異にするんじゃないか。産業革命がイギリスをイギリスたらしめたのだという自負を何の衒いも懸念もなく持てたはずの本家産業考古学と、一億総懺悔でゼロリセットした(つもりの)ところから始まり、後ろを振り返る暇もないままビジネスに突っ走って、潤い、やあ疲れたと腰を下ろしたところでいろいろなものを失っていることに気づいた日本の産業考古学とでは、熱の入れようも受け入れられようもずいぶん違うだろう。勝者の余裕とでもいうか。あ、でもドイツは産業遺産に熱心だな。それが戦前ドイツの骨格であったから振り返らざるを得なかったのか。

産業と軍国主義化が密接に関係している以上、そこから掬い取った産業遺産も低純度であることを免れず、その精度をあげるために軍事遺構も研究していこうというのは筋が通るが、軍事遺構と産業遺産を無条件にイコールで結ぼうとするから問題が深くなるのかも知れぬ。じゃあどうしたらええねん はまた今度考える。いまは眠い。


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