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2015-01-02 [長年日記]

[] 村松貞夫『村の記録』(岩波新書)

1956年(昭和31年)発行の新書。標題から古文書の解説の書かと思っていたが、そうではなかった。筆者が生まれた村に伝わる古文書を読み解いた結果からわかったことを書いたもので、むしろ「村の生活」とか「共同体としての農民」とかいう題のほうがふさわしく思われた。

山論や水論の具体例を引いて、農民が共同体として生きてきたこと、それが往古の昔から全く変わることがなかったことを教えてくれる。例えば水論の文書ではそこに出てくる地名や目印、池の名谷の名、田畑の規模に至るまでが、執筆時点の現在において、ひとつの過不足もなく全く一致していたという。それを舞台とする水利慣行のごとき無形物ももちろん変わっていなかった。 少なくとも江戸期より数百年は同じ状態が保たれていて、場合によっては中世古代まで遡り得るとのことだった。そういう意味では村の存在そのものが記録であるとも言え、そのへんに標題の起源があるのかも知れない。ともかくもその「変わってない」ということがあちこちで力説されてて印象に残った。むろんそれは執筆時点での話なので、半世紀以上経た今日ではどうなっていることかわからない。その跡形しか残ってないんじゃないだろうか。昔通ったことがある一帯なのでちょっと興味が湧いた。

水利慣行の共同体、入会地の利用と管理にかんする共同体に加えて、村の運営に与する/しない(年齢層)の共同体なんかもあって、実に様々な組に重複所属し暮らしていた。今からすれば「疎ましい人付き合い」かも知れないが、どこかに所属しているおかげで助けられたり助けたりがあった。村八分というものもこの村にはなかったそうだ。悪さをしたものは「 組を休んでもらう」。行事や共同普請に呼ばれなくなり、道端で会っても挨拶してくれぬようになる。やがて本人から(その親や知人を介して)赦しが乞われ、それは必ず容れられて元の鞘に収まる。復縁の機会が永遠に奪われるようなことはなかった。

話は滋賀県の一山村のことであり、これが滋賀県下一円とか近畿地方とかに敷衍されるものではないと思うけれども、いろんなところで読みかじり聞きかじった「村のすがた」とおおきく異なるところはないように感じた。この印象が正しければどの村も数百年間変わらずにいたことになる。そうして今はすっかり変わり果ててしまったことになる。ここ50年ですべてひっくり返ってしまったかのよう。50年という単位は変革をもたらすに充分に長い。


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