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旧道倶樂部録"

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2015-01-03 [長年日記]

[ph.] 夕暮れ・駅構内

画像の説明

[奇妙なポテンシャル] 別に構わないのではないだろうか

画像の説明

人んちの前にするよりは。

と、とぼけてみせたけれども、「これを書いた本人の自宅」の前であることは容易に理解できる。怒りに任せて書いたせいで 主客がごっちゃになっていること、自らに引きつけて考え過ぎていることが読み取れる。張り紙を書く時はもっと落ち着いて書かなければならないという他山の石である。

[奇妙なポテンシャル] 生ゴミの立ち位置

画像の説明

公共の場たる公園に荒ゴミを捨てるのは人倫に悖る行為だろう。それは認める。警察が不法投棄を禁じるのもまあわかる。検挙のために隠しカメラを設置するのだって税金の有効利用の範疇だろう。公共の福祉に資する出費には違いない。そういう共感ドリブンの理解と歩み寄りを拒絶する「生ゴミ」の一言。これがすべてをダメにしている。「生ゴミ」がどの語にどのように係るのかわからない。

様々なケースが考えられる。

  1. 隠しカメラが生ゴミを監視している
    →公園に荒ゴミを捨てるなという前文がないがしろだ。生ごみじゃなくて荒ゴミが問題だったんじゃないのか?
  2. 生ゴミに擬した隠しカメラを設置している
    →なおさら不審。荒ゴミを捨ててはいけない公園に生ゴミが置かれている状況は違和感ないものなのだろうか?
  3. 荒ゴミを捨てる人間を生ゴミ扱いしている
    →いくらなんでもひどい言い草。国家権力の横暴だ。権力お濫用だ。
  4. 隠しカメラと生ごみが作動中
    →生ごみが作動するというシチュエーションが想像できない。蠢いてるとか醸してるとか? 嫌過ぎる

どう考えても助詞がひとつ足りない。そのせいで説得力を失っている。もったいない看板である。

[煉瓦刻印] 雲中学校外壁

送信者 関西地方煉瓦刻印

送信者 関西地方煉瓦刻印
大正3年に増築された際作られたという煉瓦壁。仔細に見ていくと岸和田煉瓦の刻印が見つかる。いずれも長手・小口に垂直な方向を向いていて、「×」というよりも「+」である。ついでにいうとこの壁の煉瓦は煉瓦裏溝が顕著。縁から数センチも入り込んだところについているうえ、面積の広い側のほうが少し凹んだようになっているものもある。昨年末に想定した方法ではこうはならない。むしろ溝外側を余してがっつり挟んだため潰れてしまったかのようだ。

件の推定はすべての煉瓦工場にあてはまるものではないだろうと思う。判子で刻印を押したところもあっただろうし、片側にしか押さなかったところもあるはず。筋のついていない手抜き煉瓦ももちろん多い。「乾燥を早めるために縦に立てていたところでは」件の手順で筋がつき得て、そういう中に返し板に刻印を作りつけて手間を省いていたところがあったという話。返し板に刻印を作りつけていないほうがひっくり返し易い。そうやってひっくり返して(裏返して)刻印打ったほうが、返し損なって不格好な二度打ちになるのは避けられる。けれどもそれだと板2枚に刻印字母も持たないといけない。腕二本ではまどろっこしい(だから日本煉瓦製造では指輪型の刻印があった。叩き板の柄に作りつけたり)。

粘土の硬さ緩さが関係してるのかなあ。関東では関東ローム層を使った。「煉瓦女工」では固い土に泣かされた話が出てくる。播煉のIさんは抜いた煉瓦が型崩れしない程度に緩かったといっていた。緩い粘土なら叩く必要はない。固ければ返す時に筋もつかない。粘っこい土だから筋がついた>関西地方独特の傷になったという想像。

[煉瓦刻印] 讃岐煉瓦@神戸市中央区熊内町周辺

送信者 関西地方煉瓦刻印

送信者 関西地方煉瓦刻印
熊内町の周辺ではなぜか讃岐煉瓦をたくさん見た。上写真の刻印はやや小ぶりで、松葉菱の中に数字の「3」がある。このフォーマットはT4竣工広島県物産陳列館(原爆ドーム)に使われている。これ以外にも松葉菱のみ、松葉菱に添印のあるものがあり。後者は既採取のマルトクマークよりも小型の印。家の敷地内だったため仔細は確認できなかった。

[煉瓦刻印] 「ハ」と「山」と「×」と松葉菱@春日野道商店街空き地

送信者 関西地方煉瓦刻印

春日野道のアーケードに隣る空き地にて。そうなんだこれなんだ、別所の播陽煉瓦工場近くで目撃した「ハ」は。

同じ基礎に「+」。そして転石に「山」。播陽と山陽は併存した時期がある(T7~T14)ので同時に持ち込まれたものと推定したい。ついでに岸煉が「+」なのはT3の雲中学壁との脈絡が嗅ぎ取れる。考え過ぎかな。

本格的に神戸を歩くべきかも知れない。震災で生じた空き地や転石に煉瓦がある可能性がある。どうも阪急線以北の、神戸の坂が急に立ち上がる辺りの建込み地帯に多くありそげな感じ。そういう住宅地には煉瓦を敷いた溝もあったりする(熊内橋通にもあり)。山手通もそうだった。

[煉瓦刻印] 三本線@神戸市街地

送信者 関西地方煉瓦刻印

一瞬「ハ」かと思った。離れている三本線。大型。旗塚通と神若通の間を通る幹線道の植え込みに転がっていた。こんな大きな幹線道の脇に?と驚くようなところにあって、これもまた神戸クエストの必要性を悟らすのに充分。

[煉瓦刻印] 大正煉瓦・手成形・大

送信者 関西地方煉瓦刻印

伊川谷の鄙びた農村にて。上下逆さまのまま撮った。

付近には大阪窯業の煉瓦、および煉瓦を腰壁に使った小屋があった。大阪窯業は小屋とは無縁かも知れない。その小屋の前に転がっていた煉瓦は無刻印だった。

煉瓦とは縁のなさそうな古い一角だったのに、意外とたくさん煉瓦が入り込んでいた。それだけ普及した建築素材だったということか。コンクリートを節約するための埋め草として。

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]
_ やいとちゃん (2015-01-08 09:47)

雲中小学校のレンガ塀を上がった4本目の道は、私が小学生の頃一面にレンガを敷き詰めた道で、近所のものはレンガ道と言っていました。<br>今は残念ながらアスファルト舗装になっていますが、屈曲した風情のある道でした

_ nagajis (2015-01-10 23:58)

これはよい情報をありがとうございました。神戸市外にはそんな煉瓦小道がいくつもあったみたいですね。下山手8丁目とか。。。


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