nagajisの日不定記。
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大阪狭山市立図書館の豊富な町村史を見に行ったついでに界隈を歩く。国道脇の旧集落にはやはり六稜星小が多かった。そんななかに岸和田煉瓦が数個。それよりも半田で堺煉瓦を見つけたのが収穫かもしれん。
堺煉瓦狭山工場は字半田にあったことになっていて、教育委員会さんは今のナントカホールの辺りがそうだったのではないかという話だったが、半田からちと離れている。金剛駅の周辺にいまの字半田がある。確かいまの字は昔の字より随分縮小してしまってると聞いた気がするが、ともかくここが半田であることは間違いなく、その半田の市街で堺煉瓦を検出した。
線路にそって南北する道がおそらく旧街道筋。南海線も旧街道も字半田の尾根筋に沿って登っていく。その旧街道に面して立つ旧家のひとつに煉瓦壁。
機械整形ばかりが使われているので当たらないかとおもいきや、そんな中に手整形煉瓦が数個混じっていて、それに堺煉瓦の五本線があった。端っこに押す癖は四天王寺の脇で採取したやつに似ている。そもそも堺煉瓦は端のほうに押されてい易い。
刻印入りは2個ほど。
じんましんのお友達か。それ(腕の写真)<br><br>広がりが凄いな。言っちゃ悪いが加齢による抵抗力の低下もあるやろ。<br>同い年やからよく解る。ってか養生してよ。ほんま。
養生しても無理なんじゃね、というか養生のしようがねえんじゃね、とおもう。