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旧道倶樂部録"

nagajis不定記。
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2009-05-27 だらだら書いてる この日を編集

[ORJ] 東熊野街道

どっちつかずのままだらだらと書いている@AM3:00。文字数稼ぎしているつもりはないし、あれこれ悩みながらなのだけれども、結局はだらだらとした展開になっていて、ちっとも面白くない。もちっとメリハリつけられればいいのにと思うが……思うこと全てが思う通りに実行できたら苦労はしないのだよ明智君(誰

何より山場となるものが前半に寄り過ぎている。全ての探索がクライマックス式ではないのでおじゃる。

前半の概説もちゃんとカイトカナイト。prologueで端折った分、ね。しかし今日はここまで、明日(27日ひるま)は別件を進めて気分転換しよう。

[奇妙なポテンシャル] #102

画像の説明ついにネタが尽きてこんな古い写真を引っ張り出すはめになった。2002年の夏、福島県猪苗代町郡山市にて出会った『チャンスラー』。

要はUFOキャッチャーの祖先である。クレーン状のアーム(表記によれば「フォーク」)にて玩具を掴み上げGETする遊具。一回10円という価格設定も懐かしいし、それ相応の玩具しか入っていない姿も哀愁をさそう。機構全身で「掴めません」を表現している貧相なアームは見え透いた罠だ。トロイアの砦を陥落させた巨大木馬だ。そうだとわかっていながらつい安さにつられて試してしまい、予想通りの動きをして、くるくる回るアームが玩具にかすりもしなかったのが、また泣けた。

そんな苦い記憶もそうだが、何よりも『チャンスラー』という名称が引っ掛かって仕方がない。一瞥直感では“chance-er”と分解できそうだがそれでは意味をなさない。試されているのは遊技者本人なのだから。熟考した結果「一見名詞に見えるchanceに同音同字の形容詞があって、その比較級なんかも知れん」と思い至ったが、それとてやはり意味をなさない。よりチャンス? かすりもしないボッタクリマシーンが何ゆうてんねん。ほなら高級マシーン『チャンスレスト』が存在するんか。原級の『チャンス』だけやったらあかんのか。と独りツッコミを入れるのが関の山だった。製作者は何を意図してこのような名称を付けたのか。未だに腑に落ちないでいる。

あれから7年。今でもふいに「チャンスラー…」と呟いてしまうことがある。

本日のツッコミ(全3件) [ツッコミを入れる]

_ バロック [勝手な予想。 チャンス+ギャンブラー=チャンスラー という、直感的な造語。こういう機械はおそらく零細の町工場で作っているので、そこの社長か担当者の言語センスによって命名された。裏づけは無し。]

_ TUKA [郡山市湖南町福良のT字路にあるお店ではなかろうか? 馬入峠、勢至堂峠の分岐にある。 違ったかな?]

_ nagajis [「チャンス+ギャンブラー」という発想はありませんでした。ありかもしれない! 場所はうろ覚えでしたが確かにそうです>TUKAさん。勢至堂峠から下ってきた時か、鶏峠から帰ってきたときに寄りました。で、..]


2010-05-27 この日を編集

[独言][企画][KINIAS] 日々是多忙

なぜこんなに色々詰まっておるのだ。うまくまわせてないだけなのか。

画像の説明加賀山軌道の件進捗。索道のラインはこうだ。

航空写真はS49のもの。下部盤台らしいものも写っているが現国道は少し線形改良されてるようなので残っているか否か心許ない。軌道探索の後で時間があれば行ってみよう。この付近に集合したくても車を停める場所がなさそうだしな。

木原林道は車で入っていけるようだが、念のため高見トンネル東口の駐車場に集合場所を設定しておくのが無難か。集合後、車で進めるところまで進むと。上手く行けば軌道直下まで車で行けるはず。もし集合時間に間に合わなかった人は奥まで行ってもらうようにすればよし。というかそもそも何時集合にするか稀マッチョ欄(汗

[奇妙なポテンシャル] #168

画像の説明

瞬時に判別できる文字列、単語として認識できる文字列はその人の知識の程度に依る。

「21世紀を心で包む」

というフレーズがいい。それを私が瞬時に認識したというわけではない。

本日のツッコミ(全1件) [ツッコミを入れる]

_ とと [年商15億円…]


2011-05-27 この日を編集

[ふむ] 大正三重県史

大正三重県史に県議会史が結講詳しく載っていることにさっき気づいた。浩瀚な県会史を圧縮してあるので理解しやすい。大正4年通常会熊野街道改修費(5年度から3ヶ年継続)3万余円が可決。翌5年通常会熊野街道と信楽街道の改修費の残金9万余円を流用する形で船津村相賀村間熊野街道改修川添村熊野街道改修、森村波瀬村間和歌山街道改修(6年度、7年度)が可決。馬鹿曲りの改修@三重県会史第2巻はT4の時の予算説明で、一旦参事会で疑問符がついたらしいが可決してる。T5の金額はP220を参照の事(熊野街道継続費の償還方法の変更とか)。そして残工事はT7通常会(P283)。T4、T5の対象が煉瓦隧道群でないことは確かなんだが、T4がT5につながってるのかはよくわからん。金額を考えるとT4の決議に上乗せしたのがT5っぽい。

新道路法の話題が出てくるのはT8。

あと、二郷峠=荷坂峠改修は明治28年通常会で1年延期のうえで可決(第一巻P962)。県会史だと最後に原案通り可決とあって紛らわしい。この時に現国道のルートになったようだがその改修は不完全だったらしくT4の議論で馬鹿曲り直しても二郷峠があるよどうすんのみたいな討議がされてる。いわゆる第二期改修と(自分が勝手に)理解していた工事は長島〜尾鷲間の山岳部の改修のみであって、それ以外(平坦部とか荷坂峠とか船津−相賀間とか)は後回しにされ、工期は近いが別物として取り扱われた感じ。すげぇややこしい。

あと緑橋も忘れんなァ

[独言][宣伝] 修正

廃道ぼんの宣伝バナーの気になり度がMaxになったので修正した。しかし1024px幅だと(旧)に埋もれて見えないのだった。愚だ。

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]

_ TUKA [修正の余波でしょうか。 IEで見ると大変なことになってます。]

_ nagajis [酷すぎワロタ]


2012-05-27 この日を編集

[帰宅] 帰宅

画像の説明ヘタレて天辻峠を越えられなかった初日,テントの中で情けなく思い,これからどうやって生きていけばいいのだろう的なことを考えたりした.自転車に乗れなくなり,どこへもいけなくなった時のことを考えた.それが案外近い未来のことであるような気がして.その時自分は何ができるだろう.パラダイムシフトが要求されていることはわかっているが,はてそれをどう実現すればよいのか.悶々と考えた.考えてもわからないので寝た.

要するに自転車の乗り方を忘れている.8割の力でちまちま進まねばならなかった.インナーローでへこへこ登らなければならなかった.ザックは常にリアキャリアでなければならなかった.そういうことを悉く忘れている.あるいは体力の衰えを見くびっている.それに気づいたのは最終日のことだった.

「自分のしたかった旅」と「自分のできる旅」は別物.さらに言えば「今しなければならない旅」をしなければならないのに「したかった旅」を追い求めてしまったのがいけなかったようだ.衣笠橋のたもとで,樫辻で,そして吉野口でやったような聞き取り調査のほうが今は必要だ.今後もそうなるだろうと思う.

なんだかんだ言いつつ,一日一つは予期せぬ大発見があったのでよしとする.

画像の説明

日本語による解説:結果的に橋と索道跡を探し回った4日間.最大の成果が上の写真.吉野町国道169号に戦前のRCアーチが架かっていることも確認した.川上村通いで散々通った橋なのに,それが昭和5年竣工の五径間連続RCアーチだったこと,どころかRCアーチであったことさえ知らなかった.おそらく町の人も知らないのではないか.
拡幅の仕方も空前絶後.同形状のRCアーチを並べて架け,その床版をつなげて2車線+歩道にしている.
画像の説明
画像の説明

[奈良近遺調] ロー式握索器・安全索道商会パンフ

http://inside.mines.edu/UserFiles/Image/library/Glass_Slides/img0051.jpg

流石やね>nagajis ただ肝心のpipの構造がわからない.

追記:なるほどそういうことか.すごく理に適っていて構造もシンプル.ただし磨耗したらOUTなのが火を見るよりも明らか.

あと,近デジに安全索道商会のパンフがあったのでメモ.大正水力電気も入ってる.

http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/967696/18

[独言] 横断歩道人形

画像の説明旧西吉野村域にはコレがたくさん残っている.どれも原型を留めている.そのうち最も保存状態が良かったやつ.坂巻バス停のそばに建っている.

小さい頃この人形が怖かったような微かな記憶.横から見るとすごく扁平で,しかもちゃんとなっているのが不気味だった.子供の手のムニュー感とか.いまはそうでもない.

画像の説明そういえばこの間の東吉野村にはコレがあった.小学校の階段の下にあったので似たような注意喚起の意味(ドライバーに対して)があったのだろう.緑の小さなベレー帽がおしゃれさんである.


2017-05-27 この日を編集

[煉瓦][] 煉瓦史関連文章

あちこちに文献資料を書き留めておいたが所要のものをすぐに見つけられなくなってきたので一覧を作成する。愚の骨頂あるいは車輪の大発明。つーか[煉瓦資料]とかでカテってたら済む話だろ。

大阪府誌@明治34〔『大阪府誌』〕
http://www.kyudou.org/cgi-bin/tdiary/?date=20130421#p04
大阪府下の煉瓦製造業史 明治初年~34年頃の隆興衰亡 組合を通した販売あり
大阪煉瓦土管業@明治34年頃〔『大阪府工業概覧』明治36.1〕
http://www.kyudou.org/cgi-bin/tdiary/?date=20130421#p03
大阪窯業、堺煉瓦、日本煉瓦他の概史、販売形態
堺市煉瓦の盛衰〔『工業門 大阪毎日新聞堺周報』明治34.11.10 抜粋〕
http://www.kyudou.org/cgi-bin/tdiary/?date=20130516#p01
堺市史が引用
関西煉瓦製造業創始〔『大阪毎日新聞』明治43年5月17日〕
http://www.kyudou.org/cgi-bin/tdiary/?date=20141222#p07
▲組合薄弱 組合の必要殊に痛切なるに拘らず却って之が設立を妨害し製造業者間に何等の連絡なく只僅に大阪窯業岸和田煉瓦堺煉瓦貝塚煉瓦日本煉瓦津守煉瓦の一組合を組織せるのみ而も勢力薄弱にして生産上に資する所なきは頗る遺憾とせざるべからず
堺市史第五編(昭和5)明治初期
http://www.kyudou.org/cgi-bin/tdiary/?date=20170526#p01
堺の煉瓦製造業の概史
工部省・鉄道寮煉瓦工場〔『鉄道一瞥』(鉄道省、1921.10)〕
http://www.kyudou.org/cgi-bin/tdiary/?date=20170526#p04
鉄道寮煉瓦工場→丹治長蔵→永井・原口に払下げ 村井
明治44年頃の西の煉瓦〔大日本窯業会雑誌No.227-228 明治44年8月-9月〕
http://www.kyudou.org/cgi-bin/tdiary/?date=20140617#p01
愛知県主催・第十回関西府県連合共進会に出品された窯業品の審査報告
大阪府下煉瓦製造業組合規約
http://www.kyudou.org/cgi-bin/tdiary/?date=20130424#p01
規約内容
大阪府告示第二十二号(大阪府広報明治33年2月1日号)
http://www.kyudou.org/cgi-bin/tdiary/?date=20130424#p02
組合発起人
明治期耐火煉瓦・建築煉瓦〔明治工業史 化学工業編〕
http://www.kyudou.org/cgi-bin/tdiary/?date=20130519#p02
明治期煉瓦製造業概史・概すぎて役たらず
明治21年大阪府下煉瓦製造業〔朝日新聞大阪版1888年5月2日朝刊4ページ〕
http://www.kyudou.org/cgi-bin/tdiary/?date=20140125#p01
明治29年大阪府下煉瓦製造業〔朝日新聞東京版1897年4月15日朝刊6ページ〕
http://www.kyudou.org/cgi-bin/tdiary/?date=20140125#p02
煉瓦規格と払底 発注者によってサイズまちまち〔大日本窯業会雑誌 No.149(明治37)〕
http://www.kyudou.org/cgi-bin/tdiary/?date=20140524#p04
大正初期の大阪府煉瓦業〔大日本窯業会雑誌No.246 pp.260-(T2.2.)〕
http://www.kyudou.org/cgi-bin/tdiary/?date=20140831#p01
大正2年
大日本窯業会雑誌抜粋
http://www.kyudou.org/cgi-bin/tdiary/?date=20140829#p01
それぞれ見とくこと!
関西煉瓦製造業創始〔『日本鉄道請負業史』第一巻 〕
http://www.kyudou.org/cgi-bin/tdiary/?date=20141222#p08
「鉄道一瞥」とほぼ同じ文言。
『堺−もの・ひと・こと−』p.84
http://www.kyudou.org/cgi-bin/tdiary/?date=20141222#p09
藤吉の件は堺市史のほうが詳しい。
大阪窯業社史・機械成形
http://www.kyudou.org/cgi-bin/tdiary/?date=20160221#p05
機械成形開始当初はギザギザに粘着力があると宣伝

改めて読んでみるといろいろ見落としている。テキスト化までしても頭にはいらなくなったか。老化だなあ。なんやらかんやらの怒りの感情とか批評への苛立ちとかはいつまでも残っているのになあ。その反応部位をフォーマットして記憶領域に転用できたらどんなに助かるかわからん。煉瓦製造業組合を通した販売のこと、遠方の販売には介入しない件、確か窯業会雑誌のはず。確認しとけよ。

あ、そうだった、そのために触れかなったんだった、と唐突に思い出した。こういう時のための沈黙なんだから利用しないと意味ないぜ>nagajis

大阪府誌の「軍挙暴進」という表現が引っかかる。日清戦争中・後の急激な増加と30年代全半期の急衰退をそう言っている。軍勢のように多数の工場が勃興し粗製濫造したことを言っているんだと思うのだが、由良要塞の建設と重なる所があるから「陸軍主導の挙」かも知れんと思ってしまい、疑念がぬぐえない。まさかなあ。


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