nagajisの日不定記。
本日のアクセス数:0|昨日のアクセス数:0
ad
思いの外強い喪失感を感じ、寂しさに苛まれつつ帰宅する。また独りの生活に戻るのか、と思うと「ホッとする」がガリガリ削られていくのがよくわかる。
上を見ればキリがない。下を見て歪んだ安堵感を感じたくもない。そんな思いを思いつつ参加した集中訓練。じつにさまざまなことを学んだが、その一つに「同じように悩んで苦しんでいる仲間がいる」と知ったことがある。筆頭かも知れない。文字にするとスッカスカな印象を与えるだけだろうが。
仲間がいるということがどれだけ励みになったことか。自分の行ないにレスポンスをくれる人がいることがどんなに有難いことか。何かをして差し上げたいと思う人、何かをしてくれる人が周りに常にいるということが、どんなに心の支えになったか。期間中何度もそのありがたさを感じ、全部終わったいま、改めてまた痛感している。
上の言葉を、嗤える人は嗤えばよい。「また例のセンチメンタリズムか」と鼻白む人があればそうすればよい。経験した者にしかわからない、文字にしてみたところで真意は伝わらないであろう言葉、人に伝えるべき類ではない思いである。無理に弄んだところで言葉の乾燥脱臭を手伝うだけだろう。
やらなきゃいけないことがたくさんたまっているなあ。いいことだなあ。
例えば煉瓦。大和郡山市で見かけたもの。耐火煉瓦の類かと思われ、MとYを組み合わせたようなマークもどこかで一度見たことがあるのだが、初めて見る質感と色で、本当に耐火煉瓦なのか心許ない。そのうえヨーカン。(@大和郡山市)
大和郡山市では大阪煉瓦の煉瓦も見つけた。近鉄線の東側にある長屋街の一角にて。大和郡山なら大和煉瓦の本社があったところだから「^ト」のほうが多いんじゃないかと思っていたが、そんなことはなかった。市街では一つも見つからず。何のつもりで大和郡山に本社を置いたのか。単に最寄りの繁華街だったからか。(34.642627,135.781894)
おまけ。市街地にあった洋館。純和風の2階建切妻民家に建て増す形で建てられいる。孔雀の柄をあしらった丸窓ステンドグラスが採用されていたりして、非凡なものを感じるのだが、誰さんちかもわからなかった。
そこは、君がいるべき所じゃない。
訓練期間中は毎日夕食を作った。与えられたレシピの通りに作るだけなので、献立を考える必要がないうえに料理のレパートリーが増えるという大変ありがたい経験をさせてもらった。この調子でこれからも作っていければと思うが、さて、どうなることやら。
写真は8/27の夕食の一品。鰯の味噌煮。生の鰯から作ると格段にうまい。水気をよく切ることと、生姜をケチらないことがポイント。
上を見ればキリがなく、下を観るのは卑しいな…。だったら前か後ろだけを眺める!は、よくありますよ…。でも、長持ちしません…。<br>何しろ、人の頭は大抵重さ5kg。<br>振り回すには重すぎます…。
振り回す必要はないですよ。ふつうに前をむいていればいいんです。
確かに!