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旧道倶樂部録"

nagajis不定記。
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2007-10-08 作業報告 この日を編集

チャットのまとめ。

昨日はアンケートの話から始まって、いろいろな話題が出たものの、メインの議論は「どういう記事が望まれているか」という話だったと思う。きっかけは「遠方のルポであることとアンケートの回答数が関係するか」だったのだが(これは身近な場所のほうが親近感が湧き、アンケートにも答えやすい、という意見と、それは関係がないのでは? という声があって、後者が優勢)、それが発展していった。

  • ORJにはとっつきにくさがある(特に初めて接する人にとって)
  • それは取り上げられるネタに地域の偏りがあって、自分の住んでいる地域ではないから興味を持てない、ということではなく、何か共通した問題がある
  • それがいわゆる敷居の高さになっている
  • 共通した問題とは。例えば「読む側に(ある程度の)知識が前提条件とされる」。説明が不十分というよりも、読者の理解に頼った書き方をしていないか?
  • 例えば「現地に赴く過程が簡略化されている」。起承転結の起が疎かになって(あるいはここに難解なもの・斜め上を行くものがあったりして)、承、転に力点が置かれているという意味に私は捉えた。
  • で、その「起」こそが、読む側にとって感情移入できるか=楽しんで読んでもらえるものになるかどうかの、大切なこと。なぜ(書き手)がそこへ行こうとしたのか、どんな計画を、どんな思いで立てたのか。そういう過程に親近感が湧くもので、感情移入しやすい=読んでもらえるものになる。

 振り返ってみると、自分が関わる企画(廃道を読む、TRDB、明治隧道project等)ではそういう導入が疎かになりがちだ。情報提供に徹していて、読み手に感情移入する隙を与えていない。ORJの創刊当初はヨッキ氏のルポ、あきら氏のイントロダクション・インストラクションがって、そのおかげで自分が情報提供に徹することができたし、それによって絶妙なバランスがあった。それがだんだんnagajisばかりが書くようになって、結果、感情移入の隙を与えない、情報過多なORJになってきたのではないかと反省する。

 nagajisのルポもあるにはあるが、やはり技術的な観点から見ることが多く、技術的観点は誰もが持ち合わせているものではないから、結果それほどの効果をあげていない。チャットの例えでいえば、誰もが楽しめる「旅番組」になれないのだ、知識提供だけでは。

 今日のチャットでも、これと繋がると思われる話をうかがった。廃道旧道の取りあげ方について。廃道旧道が、いわゆる古道ほどの興味を持たれていないのは、その道が持つ「文化」の掘り下げが疎かになっているからではないか、と。

 例えばその道を作った人、利用した人の思い、ぜひともそこに道を通さねばならなかった理由、そういったことの蓄積が道の歴史であると言える。そうした歴史にスポットライトを当てたいという思いはずっと持ち続けているし、一番大事なものは何かと聞かれれば、それを挙げるだろうけれども、しかし現状のORJではその掘り下げが足りていない。言葉を変えれば道のハード面ばかりに目が行って、ソフト面が疎かになっていると言える。これもnagajisがハード面に偏っていることがかなり関係している。

 nagajisが、というより、ORJ全体のバランスとして、ハード面に偏りがある。ソフトをもっと充実させなければ。それが結論。

10/15発行号作業

 ずっと有料化の話しばかりで、次号のことを書いてなかった。次号の製作もちゃんと進んでいる。TRDBと明治隧道projectの寄稿をいただき、これらはほぼ完成している(最後の確認をまだしていただいていないが、形としてはほぼ100%出来上がっている)。ヨッキ氏の特濃!はちょっと違うパターンで、ただいまレイアウトを作成中。久しぶりにオブロード案内も貰っていて、これはいつもの解説+写真on地図というデザインだが、新しい試みをやってみるつもり(pdf初校は出来ているが、ヨッキ氏遠征の朝に完成したで、ちゃんと見てもらえていない)。「廃道を読む」は全部終わらなかったので中編とし、(完)を次次号へ持ち越す。旧橋紀行もあり。ただし自分の原稿については今回のチャットのご意見を反映したものにはできていない(テーマからして一般受けするものじゃないしな)。最後に残っているは有料化の案内。これはしっかりやりたい。誌のバランスから言えば、できれば脳天気な探索記が一つ欲しいが。

 総じて、全作業の7割が完成。しかし残り3割が重要。それでも15日の発行が遅れるようなことはあるまい。


2009-10-08 うむ台風だ この日を編集

コースをよく把握してなかったが直撃じゃないか(汗

AM3:00 少し風が収まってきたような気がする。気が早いか。

AM5:00頃 時おり風が強く吹くだけでそれほどでもなし。ずいぶん東にスライドしているようだ。

AM6:00頃 ねる

AM9:00頃 うなされて目が覚める

AM12:00頃 青空広がる。追加問い合わせ

PM2:00頃 廃道ぼん概略に苦しむ

PM5:00頃 廃道ぼん概略にさらに苦しむ

PM7:00頃 ふて腐れて寝ることを決意 <いまここ

むしろととさんのエリアが心配。今はTUKAさんところ・・・北上せずに東へ抜けてくれないものか。青森のりんごが落ちるではないか。

[廃道本] うむ

ちょっと詳しい概略とかいいつつマジ書きになりかけているうえ纏まっていない。苦しい。チミはナニを言いたいのかね>nagajis。コンセプト立てたんならその通りに書き給え。

これは今晩中に終える。明日一日は旧橋とpdf修正。

本日のツッコミ(全6件) [ツッコミを入れる]

Before...

_ nagajis [秋田のほうも大丈夫でしたかね。ニュースを聞いてた限りでは特に何事もなかったような感じですが・・・。台風の西側だから風弱かったかしら。]

_ とと [京都の上津屋橋(流れ橋)流されちゃいましたね…涙。流される瞬間のニュース映像はかなり凄かったですわ…。]

_ えも [こちらは登録してた防災メールが鳴りっぱなしでした。今週末作並行きの用事があるのに野坂と高柵山は現調厳しそうです(現役道のみでレポはできました:汗)。 皆様ご無事で何よりです。 リンゴも無事だと良い..]


2010-10-08 目がショボショボするよ! この日を編集

t/o.

[] これっぽっちも進まない

眼球マッサージすることで少しずつ回復しつつあるが、完全には治らず、合わない焦点のまましかめ面をしつつ書きてありたり。故に、ではないかも知らんがともかく進まない。あれは会と来た陰だけどな。流れがうまくない。細部にこだわりすぎ。

こういう時は書いた所を一度ざっくり消去して書き直すのが吉〜。とか何とか思いながら風呂から上がってみると、そこまで書いてすらいなかった。まだ峠越えてねえのかお前は。

それがわからんと書けんか……聞いて出てくるとは思えんが。


2011-10-08 この日を編集

ようやく8年辿った・・・。長いような短いような。して、まだ続く。残り離散的な8ケ月。

[奇妙なポテンシャル] #256

2^8もの阿呆を繰り返してきた成果が出てきたようだ。今日はついに

離散家族

という言葉にPsを見出してしまった。しかもその中身が、全くもって意味不明だ。訳がわからない。父親、母親、子供、祖父母、が数m感覚で並んでいるという構図(即ち家族が離散的に立っている=連続的に繋がっているわけではない)を想像してニヤけた、というものだ。「これは!」と思っていざ書き始めてみたものの、一体何が面白かったのか、これっぽっちもわからない。そのまんまやないかい節子。ならば全世界の家族はみな離散家族だ。

これが「不射之射」というものだろうか。

本日のツッコミ(全1件) [ツッコミを入れる]

_ 38kw [飛散家族ですね]


2012-10-08 そして僕は途方に暮れる この日を編集

[独言] 一人称

そういえばいつから「僕」を使わなくなったのだっけ。小学校中学校の時は使っていた。高校の頃も若干の気恥ずかしさを伴いつつ「僕」だったような。同時にそれが「僕」とのつきあい辛さを感じ始めた最初ではなかったか。

大学の頃はあいまいに濁して回避していた気がする。いうなれば無人称。「おれ」は似合わないように思えてあえて使わなかった。自分にとっての「おれ」は筒井康隆の描く主人公であって星新一のエヌ氏みたいなものだった。さあていつになったら「おれ」が使えるようになるだろうなあと漠然と考えたことがあったはず。

そうそう、「じぶん」という便利な一人称を覚えたのだ。部で。どうしても一人称しなければならない時は「じぶん」を使った。この言葉、二人称にも使えるので便利だった。珍しく落ち込んでいるやつに「じぶん今日どうしてん?」とか。

完全に「わたし」に移行したのは卒研発表の頃だったと思う。練習で他の発表者が「ぼく」を使ってひどく笑われ、「わたし」でなければならないと教えられたのが決定打になった。ああこの年では「わたし」を使うべきなんだなと。そうしてやはり少々の気恥ずかしさを伴いつつ「わたし」を連発した。その気恥ずかしさはかすかに覚えているが、忽ちのうちに慣れてしまったことも思い出せる。そうしてTPOに合わせて「おれ」「わたし」を使い分けられるようになった。まちがいなく「おれ」のほうが後だ。

それからもう十何年も経過して、社会から乖離した生活をするようになり、人付き合いも途絶えて、自分を一人称で呼ぶ機会も稀になった。一人称の使い方を忘れてしまった。「おっちゃん」という自虐はずいぶん古くから使っていた気がするが、それが定着することもなさそうだし、そろそろそれが面白くない言葉になりつつある。かといって「わし」も早かろう。それを使わなければならない時期は、「わたし」同様、その時になってみないとわからないに違いない。

「わたし」を意識することはないものの、自分自身を思うことはもちろんあるのだが、そもそも身の回りに自分しかいない環境ゆえ、考えることはすべて自分に関係することであって、いちいち人称を認識する必要がないのだった。「腹減った」とは思うけれども「私は腹減った」とは思わない、そんな感覚がすべてを支配している。楽と言えば楽だし、非人間的と言われても反論できない。ただ生きているだけのようにも思われてくるが、それでいいに違いあるまい。

考えてみると、その点女性は有利だ。常に「わたし」でいいからな。

「自分のことしか考えていない」という言葉があるが、考えてみれば自分という人間が考えていることはすべて自分に関係することであって、自分(に関係する)のことしか考えられないものなのかも知れない、と考えてみる。どのように書けば喜んで読んでもらえるか、伝えたいことが伝わるのか、頭を巡らせるのも、その評価が自分に関わることだから、できるだけ上手くやろうと考えて頭を捻るのではないか。隣のギシアンに苛々するのもそういう機会のない自分の不甲斐なさを思い知るからではないか。公園の子供たちの歓声を微笑ましく思うのも、そういう平和な世界に自分がいることを認識してほっとするからではないか。どんなことも自分を基準にしてしか/自分にかかわることしか考えられないものなのではないか。

資料から情報を拾い、理論を組み立てている時だけは、ちょっと違う感覚があるような気がする。熱中しているうちに自分の存在が薄れていって、いかに矛盾のない心理を、落としどころを見いだすか、しか考えられなくなる時があって、そんな時は自分から離れることができている。自分自身の存在を忘れることができる。滅多にできない感覚だから、それをまた経験したくて資料に傾倒していくのかも知れない。


2018-10-08 この日を編集

[独言] 10/7メモ

明治四十二年四月三日 改修人 辻村嘉○

A1_x108x53
_x107x54
_x107x52
A2224x107x54
225x54x111
226x56x111
両端延伸? A1長手、中央は測れず A2長手はかなり誤差あり
B2224x110x79
(B1)225x112x78
225x114x77
継ぎ目なし
C1223x110x54
224x108x54
223x109x55
C2228x_x56
229x_x58
229x_x58
南側1/3ほど延伸←花崗岩
D1227x107x53
229x109x53
226x110x53
D内218x106x53
220x108x53
221x109x54
D2_x_x53
_x_x55
_x_x53
南側1/3ほどのところに継ぎ目? 外側は石灰岩、内部は石灰岩+花崗岩
藤井測定不能 幅4m
玉(小:子安地蔵)220x_x52
222x_x54
219x_x53
幅90cm
玉(大)225x105x53
226x106x52
229x106x52
幅3m

[独言][ph.] 硫酸瓶

画像の説明

どこかで撮っているはずなのだがいつも見つけられなくなる。必要なときに必要なものが出て来ないのは部屋だけではないようだ。なのでメモがわりにはっとく。ファイル名「DSCF8229.JPG」


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