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旧道倶樂部録"

nagajis不定記。
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1941-12-19 ハワイ空襲戦績 この日を編集

[陸幼日記]十二月十九日 金曜日 晴

四課目共考査答案帰る。概ね可なり。剣術を二時間行う。今日再び確実なるハワイ空襲の記録発票〔表〕さる。始は戦果確実なる所少く次第に増加し行くは、日本の持つけだかき所なり。

(一)撃沈 戦艦五隻・甲巡又は乙巡二隻・給油船一隻

(二)大破(修理不能) 戦艦三隻・軽巡ニ隻・駆逐艦二隻

(三)中破(修理可能) 戦艦一隻・乙巡四隻

(四)陸海軍航空兵力に与えたる損害 合計四百六十四機

其の他潜水艦三隻撃沈。前述の航空母艦撃沈というは、異にして○○港にあり。ハワイ空襲の一夜の戦果実に称賛すべきなり。太平洋戦隊主力全滅す。九隻中九隻共。


1942-12-19 この日を編集

[陸幼日記]十二月十九日 土 曇

待ちに待ちた土曜も漸くにして終りぬ。午後は移転なりき。第三自習室より第二自習室へ。第八寝室なり。その面々は寝台学友清水・藤本、他は梶永〔梶字朱訂正〕・上田・手島・秋里・井ノ上・田村・手塚なり。自習室学習は手塚なり。かくの如く移転して環境を異にし心を新にして邁進せんと覚悟したる次第なり。訓育班会を実施す。町田生徒監殿は週番の故に勿論、河野総長殿を詔〔招〕きて八寝室にて愉快に実施す。稍〔動〕〃もすれば話は幼き頃へと向けられ我も亦幼き当時のことを思いて懐しかりき。思えばいたずら者なりき。頗る良好なり。
新矢総長殿の後任として中間軍曹殿が十六部隊に来られ三訓附となられたり。


2008-12-19 修正他 この日を編集

[ORJ][Web] 32号修正とアンケート

最新号の修正内容がトップページに反映されてなかったことにずっと気づいていず、TUKA氏指摘でようやく気づく体たらく。実際のところトップページへアクセスすることはすくないんだ。やってる側としては。

今号修正にあわせてその修正をする必要があって、あちこちいじる必要が出てきて、結局「次号まで非公開」チェックを作ることに。もし作るとなると発行月末の頃にやると時間がないのは明らかだからな。 なおチェックボックス式で2つとも選択できてしまうのは仕様と考えて下さい。ラジオボタンが作れないAcrobatがばかなのです。

考えてみればアンケートは一方的にこちらから押し付けるものなのだから、できる限り相手の意に沿うものにしておくのが礼儀なのかも。などとも思ってみる。とか思いつつ結局は御機嫌取りなんじゃね、と思ったりもする。どっちかにしろ>nagajis

そうして最後で落胆。メール見てなくて良かったわ。明日明日。


問題点ひとつ浮上。トップページの修正は最新号のものしか出していないが、これでいいんか?

たとえばいま、31号以前の号の修正をしたとして、そのERRATAを発行した場合

  1. 過去に購読&メールで受け取る設定にしている人>メールで知ることができる
  2. 過去に購読&メールで受け取る設定にしてないの人、および購読していない人>ログインページの下のほうででしか確認できない(ふだん気づかない)

全員が全員知りたいわけじゃないだろうから、見逃しても(読者的には)損がないかも知れない(あんまりうるさくならないように後ろのほうへ持ってったっけ)。しかし3カ月間の購読期間中だったら、更新があったことを見逃すと損だ。購読期間満了でない人には強制的に送るとかしないとだめだ(トップページには出さんでもいいか。これ以上ごっちゃになるとかなわん)

[ORJ] 原稿

今日送らなければならない荷物があるのにものすごく微妙な時間に起きてしまって困ったため廢毒テキストを進めていたが是に夢中になって不燃物出し損ねた由。『工事タイムス』の記事はこんなふうにひどく膠着していて解きほぐすのが大変だ、ということを廢毒で書き損ねた。ボーッとしながら打っているから大部分が膠着したままになっているはず。最後に見直したほうがいいかも知れない。

そんなこんなで起きずっぱり。眠い。

[独言] 発送

CD、本、その他を発送。そのうちつくはずです。4について書き忘れました・・・。御負担にならない程度に取り計らっていただけるとJIS男が踊って謝意を示します。

しかし何だ、少しのことでイラチを起こしたりドキッとしたり、どうにかならんもんかいなと思う>nagajis。読者のご機嫌取りはうまいくせにさ。嫌われたり恨まれたりするのが、そんなに恐いかい?

そういうのの正攻法的解決が面倒だから自分に鉾先が向くのだろうなあ。自分さえ貶めておけばいいんだから。というのは上記発送とは全く無関係な独白です念のため。あ、こういうのをコアダンプ認定すりゃいいのか。

[奇妙なポテンシャル] 番外

64で思い付いたつもりだった

永遠の33才

というフレーズは内田康夫の推理小説で出てくるらしい、ということをラジビタで聞く。急につまんなくなった。ちぇ。読んだことないのになぁ・・・。ぼく3つでいいでちゅ。

[廃道本] ワンダージャパン・訂正

前回の件、nagajisがかなり勘違いしていた模様。豊後森機関庫が載っているのは数年前発行の第一号なり。

罪滅ぼしに今度梅田で買って来よう・・・あれのページにも載せなきゃ。ってここまで載せてたらキリがないのか?

いい加減寝よ・・・でないと伸ばしてもらった意味ないぜ。くぱぁ。

本日のツッコミ(全1件) [ツッコミを入れる]

_ てっく [同士>ラジビタ・ヘビーリスナー]


2011-12-19 この日を編集

[独言] usunology

たった10幾つの発送に丸一日+半日×2もかけんな>nagajis.
2,3irregularが入ったくらいで混乱するな>nagajis.
蒸留したpdfを持ってくの忘れて15分往復2度すんな>nagajis.

そしてまだ終わっていないという愚鈍.明日には必ず発送します>各位.そして具のないうどんは素饂飩である.

どうせ無茶をやるんなら無茶振りを徹底すべきだろうと思う.奇人を“演じる”くらいならいっそ狂人になりたまえ.自身そうだと悟った奇人ほどサムく迷惑なものはない.ということでそういう内容のお手紙を同封している.どちらに転んでも甘んじて受け入れるように>jis.なお“”使うのが嫌で「」にしたらカッコカッコしい格好悪いのになったがまあ結構.

[独言] メガネを新調したい

擦過傷だらけになっていい加減換えないと気持ち悪くなってきた.飛蚊症も悪化しつつある.安いのでいいからレンズ変えたい.

[独言] カレーをくいたい

贖罪の食材の用意だけはしてあるが先にラーメンを消費し始めてしまい,それで満足してしまっている.その前がシチューを3日も食い続けたのでルゥものに飽きているというのもある.飯盒で飯を炊かなければならぬのも手間だ.その前に台所部屋を片付けたい.片付けてどこへ何を動かそうという計画もそのためのスペースもないままそう思っている.早くしないと冷蔵庫の奥底で鶏むね肉が干からびるのではないか.

[独言] 時間はない

あるものとあてにするなよ時と金.驚いたことにあと11日で今年が終わってしまう.きっと世の中ではあちこちで年末進行とか忘年会とか教師の早歩きとかが静かにもしくはあからさまに行なわれているのだろう.クリスマスとやらも近づいているのだろう.そういうものと全く縁のないnagajisは微塵も実感が沸かない.季節の移ろいもいまいち明瞭でない.とくに今年は進行がたらんたらんな感じ.真綿で首を締められる勢いで冬になった.18日に寒波が来る!と脅されていたのにそれも感じられなかったのはなぜか.加齢か.貧しさ故か.

このままだらだら時間が経って1年が終わりそうだなあ.いやだなあ.よし.こうなったら一人で勝手に忘年会をしよう.うんそうしよう.

[独言] 冷陰極管がヤバい

ノーパソをスリープから復帰させると画面が真っ赤になる.そしてじわじわ色味が抜けて白くなる.ディスプレーの発光体がヘタってきているらしい.このまま放置しておくとやがて明かりがつかなくなるはず.それが明日のことなのか1ヶ月後のことなのか,はたまた1年後のことなのかは不明.ううむ.ぴったり合うやつって手に入るんだろうか.少なくともこの部屋にある屑共で合うものはないはず.この間の超ジャンクも液晶周りがすっからかん.

超ジャンクとショーシャンクって似てるよね.

廃道は素晴らしい 何にも替え難い 廃道は永遠の命だ

[奇妙なポテンシャル] #267

上のパラグラフ,自分で書いといて

ノーパンをブリーフから復帰させると画面が真っ赤になる.

と読んでしまった.ついに奇ポテの自給自足体制確立である.素晴らしいことだ.そして湧き上がるポテンシャルもなかなか高度だ.BLゲームか何かか.


2012-12-19 この日を編集

[] 宇治電之回顧

長殿急を書くときに若干うろ覚えのまま書いてしまっていたので再度読みに行く。改めて林安繁の怨嗟の念凄まじを痛感。これが昭和17年に出版されたものだということを念頭に置いて読まなければならぬ。


電気事業黎明期から昭和一けた台までは、官民がちょうど親子のような関係で互いに相補いながら発展してきた。林が「両者の間には温かき情愛が、脈々として流れていた」と表現するほど睦まじいものだった。

然るに満州事変勃発以来、所謂革新的思想が官庁の間に瀰漫し、その結果として自由経済打倒論が台頭し、民間事業者を目して、単なる利益追求者と認め、その間に於ける経営の苦心の如何に大なるかを考慮の中に入れないで、氷の如き冷やかさを以てこれを批判し、これを打倒せんとする思想が生じ、各官庁の中層階級に横に一線を画して、殆んど例外なしに瀰漫したのである。

して、昭和10年頃から電気事業国営論が唱えられるようになる。最初は企画院の方面から起こり、それが発表された途端に電気事業者の株式が暴落。さらに昭和11年3月、 広田弘毅内閣の頼母木逓信大臣により逓信省案が出されて又々暴落。

即ち従来の事業を護(も)り立て、これに依って生産の拡充を図らんとする方針が一変して、労力に対する当然の報酬たる利益を制限し、事業の発達を抑圧することに主力を注ぎ、茲に官民対立の形勢になったのである。

頼母木案:配電事業(電気の小売事業)を除き、電気事業そのものを取上げ、その財産価格を評価して、それに相当する額を新設する発送電会社(=日本発送電)に投資するという形で「政府は一文半銭を費やさずして」国家による電力管理を成し遂げようというもの。

これに対し、民間電気事業のみならず財界一般も大反対した。曰く事業者の資産を強制的に取り上げることは憲法で保障された財産権を侵害するものである、曰く国営化によって電気料金を2割3割減じることができるというけれども、各国の現状に照らしても、国内各種の物価に比較しても決して高いものではなく、この十余年物価が上がり続けている中で電気料金ばかり下げられている実情がある、これ以上下げるすべき筋合のものではない。等々。

頼母木案は昭和12年1月の内閣総辞職で消滅したが、同年6月に第一次近衛文麿内閣が成立し、永井逓信大臣が再び電気国家管理問題を掲げた。

永井案:火力発電設備、送電幹線を徴収し、半官半民の日本発送電会社を設立(政府は株式を所有せずだが強力な管理下に置く)

この案では水力発電施設を事業者に残すとしたが、林曰く「重大なる欠点」。斯界の基本方針は水主火従であって、火力だけ接収しても効果がないことは(徴収される側にとっても)明らかであり、愚策に他ならないと糾弾している。

永井案は民間事業者も出席した審議会の場で諮られたが、場に出された時点ですでに成案同様となっており、「民間と協議した」という体裁を整えるためだけに開かれたらしい。そのくせ議会に提出された法案は審議に手間取り、閉会後に一日延期したうえに各種条件を付与せられて辛うじて成立(電力国家管理法日本発送電会社法: 昭和13年3月23日 。同時に国家総動員法も成立。同4月1日施行 )。そうして懸念された通りの成績不良だった。

これ即ち逓信当局が日本発送電の第一期配当六朱可能なりと、議会の本会議に於いても度々言明して置き乍ら、その実際は年四分の配当とし、而もその四分すら政府の補給を受けて辛うじてこれを為し得るという窮状を暴露した

第一条に標傍した「電力の豊富低廉」が実現しなかったのは勿論、電力不足のため節電のやむなきに至る有り様であった。

次いで昭和15年7月に第二次近衛内閣が成立、村田逓信大臣が水力発電の徴収を目す(電力統制令)。昭和16年8月に公布・即日施行。

前二案は各界の猛反発に遭ったが、村田案への反対は割合少なかったという。そこには横暴になっていく政府に対する諦観があった。この部分が最も痛烈で、当時の有り様がありありと伝わってくる。

最早発送電其物が国家管理となった以上、殊に料金の絶対的決定権が政府の手に属した以上、配電事業のみを民間事業者が経営したとて、事業に対する旨味はないのであって、寧ろ配電事業も合せて、国家の思う通りにするのがよかろうと我々は考えたのである。
言葉を換えて云えば、永井案の国家管理は、茶碗に罅が入ったようなものであって、最早完全なる茶碗ではなく、何れの時か罅のところから割れて二つになることは、判り切って居る。それが判っている以上は自ら進んで叩きつけて割った方が得策であって、善かれ悪しかれ革新思想の理想通りに御破算となし、改めて出発する方がよいのである。但しその御破算にして出発した新しい茶碗が、仁清作のような素晴らしい国宝級のものになるか、そこらに転がっている五郎八茶碗になるかは、自ら別個の問題であって、心ある者の窃かに憂慮したところであった。

そんなこんなの経緯で日本発送電株式会社と9つの配電会社による電力統制が完成する。宇治電も前後2回の分割の末、昭和17年3月31日に消滅した。

果たして新生茶碗はどうなったか。それはまだ漠然としか理解できていない。日本は太平洋戦争に突っ込み、負け、日発は昭和26年に解体された。

宇治電の水力発電施設が没収されたのは昭和16年だったはずだが、それ以前から兆候はあって、弥山・川合発電所の建設には日本発送電も出資していた。やがて取り上げようという下心があったのか、それとも電力国家管理法がそういう法律だったのか。たぶん後者。

してWikipではS13時点で出力5000kWを超える水力発電をも収用したような感じに書いてある。林の言ではS15の村田案でということになっている。うーん理解が足らん。巻末年表でも後者だった気がする。

そうそう、「道路の改良」はとても内務省寄りの雑誌だったことを忘れてはいけない。あの雑誌で当時の雰囲気を知ったつもりになってはいけない。牧される側の民は民で言いたいことがあったはずだ。


2013-12-19 この日を編集

[奇妙なポテンシャル] #331

今の今まで「キャノーラ油」を「キャノラー油」だと思っていた。そう発音したことがあるわけではないのだが頭の中で「きゃのらーゆ」と認識していて、これまた言葉だけの連想で「ラー油」という言葉を思い出していた。言葉だけをだ。辛さとか餃子の王将とかとはリンクしない。純粋に言葉上だけでの繋がりだ。そのへんに弱い奇妙なポテンシャルを感じた。

「きゃのらーゆ」は一種のspoonerizmだろうが後者は何と言ったらいいのだろう。言葉が云々でなくリズムのみに依存しているかも知れない。「ラー油」という響きがあるから「キャノラー油」になったのではないかと。

そうしてキャノラー油が菜種油であることもついさっき知った。

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]

_ tyaffic [(少なくとも自分は、ですが…)「コーンポタージュ」を「コンポタージュ」と発音したがるのと同じ系列ですかね…。]

_ nagajis [ひょっとしたらギョエテ系かも。]


2014-12-19 この日を編集

[]

津名郡 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1269442/217


2017-12-19 この日を編集

[独言] 関門地方経済調査. 第6輯

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1119376/60

有帆硬化煉瓦の業態紹介。石炭ガラ75%に石灰20%と焼き粘土5%を混ぜて型抜きして2ヶ月天日干しする。窯では焼かない。自然に固まるから硬化煉瓦なのか。さすがに日干し煉瓦じゃ売れなさそう。

窯を必要としなかったから市街地近くでも営業できたのだ。&、九州の炭田地帯で流行したわけだ。なるほどな。

というのを昨日書いたつもりになっていた。

[独言] 走った

8年ぶりに走った。

ここのところどうも体がいうことを利かなくて動作に支障が出るようになったので本格的に運動をしなければと思っていた。それでジョギングをやってみた。考えてみれば怪我をしてからこのかた「走る」という行為をしていない。早足くらいはやったがまともに走ったことは一度もない。着地した時の衝撃が痛そうで怖かったからだ。

右足を地面につけて歩くことができるようになるまで2ヶ月くらい。かかとをつけて歩けるようになったのはそれからさらに数ヶ月。かかとで着地した時の傷みに耐えられるようになるまでしばらくかかったし一日歩けば次の日はつま先でしか歩けないというのが何年も続いた。気にせず歩き回れるようになったのはここ3年くらいだと思うがそれでも右足だけで着地するような行動(溝を飛び越えるとか段差を飛び降りるとか)に支障があったし本当にまる一日歩けば足首の関節の小指側が死んで役に立たなくなる。走るというのはそういうのを全部ひっくるめてクリアしなければできないことで、ずっとためらっていたのだ。

近くの公園を数周した。体のバランスがものすごくちぐはぐになっているのを感じた。歩いている時でさえ右足親指の腹が妙に浮いているのを感じるのだが走るとそれが覿面に現れでドッタドッタとなってしまう。65kgという体重をそのままの重さとして実感する。親指が地面を噛んでいないのがわかる。無理に蹴ろうとすればするほど上体がねじれて右に左に触れてしまう。それでも走れるんだということがわかりその実感が無性に嬉しかった。

腿の筋肉も肺も全く以って凝り固まっている。ついでに腕も朽ちかけている(走り終えてまず腕が痛くなった。どういうことだ)。しかしこれでずいぶんすっきりしたように思う。汗をかくほど走り、激しく呼吸し、「ぶへあ〜〜」という気分になると体も活性化するようだ。できるだけ続けよう。

公園を何周かしたあと古墳階段ダッシュ。水平に走るより駆け上るほうが楽に感じたのはなぜだろう。かかとを使わないからか。スピードに乗れやすいからか。

なお、キャベツの千切りはいまだに続いている。徐々に上手くなっているようである。

本日のツッコミ(全1件) [ツッコミを入れる]

_ あきら@大阪 [勝手に同じくらいと思っていたが、nagajisの方が俺より10kg以上細かった事に衝撃を受けた。いや、ごめんなさい。 走るのはええよ。日中何やかんやと色々あっても、夜中に走ってると無心になれるし..]


2018-12-19 この日を編集

[煉瓦工場] 工場通覧畢んぬ

S43でシモレンが脱落。S45時点では石黒煉瓦工業と日本煉瓦製造くらいしか残っていない。あと2,3小さなのがあったっけか。んで石黒煉瓦工業を調べたら、すごいね、現業なんだ。知らなかったお見逸れ致しましたチテトンシャントン。北海道は旭川煉瓦(株)のように社名に煉瓦が入っているけど土管しか作ってなかったらしいところがいくつか残るようだ。その流れを追っていたら米沢煉瓦が現業だと知ったり。米沢煉瓦は戦後の通覧ではほとんど出てこなかったはずなんだけどな。

その勢いで工業羊羹を屠らんとするがやっぱりテキスト量の多さに圧倒された。しかもS7は工場通覧と被る年代なので既成版でも拾っていない。全部打ち直し。内容はS4版とほとんど変わらないのだけど。

羊羹11年版を2/3ほどつまみ食いして力尽きる。残り1/3と昭和16年版をかたせば高残暑会社で了。統計書はすべての府県を終えているはずなので気が楽である。

[独言] 火星に奔る

案の定「注意書きを大きくしろ」というコメント。だーかーらー、そんなことしたって読まない奴は読まないんだよ。意味ないんだよ。携帯の契約書とか保険の契約書とか例え14Qにしたって読みゃしないだろうよ。仮にでかくしたところで一時的に効果はあっても1年2年する頃には同じような爆発させるやつが出てくるって。よく読んでなかったっていって。それでまたでかくしたってきっと同じことの繰り返し。テレビとか映像とかに依存して生きている人間にはまったくもって無意味なこと。その繰り返しの果てにあるのはキレイキレイ社会か過剰反応社会しか無いね。臭いものには蓋をし異質を阻害しみなみあよやまみたいなところが全国度になる。生きづらくて死にそうだ(そりゃそうだわ、生きにくいんだったら死のほうが近え)。

注意書きで解決するなら詐称詐欺は皆無になるだろう。理想が無条件に通るなら世界は塵の如き屈託さえない平和な世界になる。アフリカの子供は皆健やかに育って発展途上を脱して日本経済を脅かす生産者になろう。世田谷の一家殺害事件の犯人は自首してきて万事解決、おれの財布を盗んだ奴は地獄の業火に投げ込まれて悔い改める隙もなく焼かれるべきである。そうはらならないから人間社会なんだろう。

思い通りにならない、といった時の主語は、そう発言した人間の数だけあって、望まれているあり方も千差万別であるに違いなく、それは許容されるべきだとは思うのだけれども、身近に保育園を作るなとか火葬場反対とか養護施設来んなとか児童相談所が土地の価値を下げるとかどの面下げて言えるんだろうと思うこの思いを別に尊重してほしくはない。今この場での私の、思いつきとでもいうべき「思い」であって、それが思い通りにならないことに腹を立てたり苛ついたり悪態をついたりするのは無駄なことだしそもそもそれを主張として振り回す気にもなれない。嘲笑はしこそすれ思いの通りになってほしいとは思わぬ。そういうのは人間同士でやればよいのだ。

[独言] もういくつ寝ると

疎外感→逃避→対決→紐の切れた風船となったら次はなんだろうな。今はどうも良い意味で無関心でいられるお年頃のようである。ここからまた日が経ったらどうなるんだろう?寂しくて寂しくて自分から擦り寄って行ったりするようになるんだろうか。それは嫌なんだけどなあ。

関東編をつくっていると煉瓦しか作ってなかったような工場は少なくて大抵が瓦と煉瓦と土管の2C 3-1なカンジ。○○煉瓦と掲げていながら土管しか作ってないとかいうのも出てくるが需要に応じて細々と作ってたんじゃないかと思う。そういう視点で関西を見るとやっぱりそれなりにそんな感じがする。書いていないだけで併造していたっぽく思える。樽井煉瓦も社章入り瓦あったしな。大和煉瓦もそうだ。広大池の対岸の工場も後半は瓦ばかりになるが現地には焼損煉瓦がコロコロしている。小さい工場のほうがその傾向が強いみたいだが下野煉瓦も晩年は厚型スレート製造に手を出したりしてるからな。煉瓦だけを作り続けられたのは日本煉瓦製造とか岸和田煉瓦とかいった大工dだけなんかもしれん。


2019-12-19 この日を編集

[煉瓦][煉瓦工場] 関東編刻印図つくる

泉×岸大会の後、東京産業考古学会のYさんから素晴らしい論文をいただいたので、関東編の刻印図を作り始め、それが中になっていた。ORJが一段落したのでその続きを仕上げる。ついでに富岡の刻印やシモレンのも入れておいた。実物を見ないと作成しないつもりでいたのだが抜けているとかえって変な感じがしそうだったので。そのくせそれ以外のは無視している。全部使ったら『集成』のまるぱくりになってしまうだろう。

けんきゅうが一段落したとはいったが休むつもりはないのである。勝手なのである。とはいえ関西以西はここからが大変だろうなと思う。あ、宇治駐屯地の知見を反映させる必要があるのか。○ー○カナは、いったいどこのなんだろうな……。破線も古かったらさらにわからなくなる。

あ。三室でもいいのか>破線。一つは確かに見ているんだしな。でもそれが大阪府下に散っているのはなんでなんだぜ?

[橋梁] 何なん、泉南。

画像の説明

千石橋。昭和四年竣工のスパンドレルブレースドRCアーチ。すでに存在しない橋である。ORJ第30号(2008年10月発行)参照。

これでビビっていたら、いかんかったのだ。何なん、泉南。


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