nagajisの日不定記。
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@上北山村.R169の旧橋.おそらく戦前,S15前後に作られたものと思われる(上市木本線がこの頃改修されているので.翁橋S11,小倉橋S11,西河橋S14,旧伯母峰隧道S15.旧中山隧道もS11~15頃).
短いRC桁橋だが曲線線形になっている.東熊野街道Odysseyの時も書いたが,戦前の曲線桁って珍しいんじゃないだろ-か.『日本の土木遺産』でも特段曲線型と注記されたものはなさげだ.珍しくないから書いてないのか,注意されてなかったからか.(当時そう書いて突っ込んでくれたのはTUKA氏だけだった.R115の旧道に片側だけ曲線型の橋があるそうだ).
そんなに長くもなく,R大でもないので,直線桁の延長として作られたものかも知れないのだが,件の陸橋とかみのり橋とか西河橋とかが存在することを考えてみると,この形にもそれなりの意図があったような感じがしてならない.どうなんだろうと誰かに尋ねてみたいのだが.知ったようなことを書いておけば誰がかプギャーAA略してくれるんじゃまいか.
S15の道路橋示方書案@土木学会附属図書館を読むと,曲線線型の橋についての特別な規定はなかったように読める.曲線型の橋では車が通過する時に橋軸垂直方向に荷重がかかるが,示方書案では風荷重+「車が蛇行した時に生じるおそれのある」横荷重を考慮した規定があるだけだ(第2章第12条).軌道が曲線状に渡る場合のみ遠心荷重も考慮することになっている(同第18条).車の曲線侵入は第12条の考慮でOKと考えられてたらしい.第四章の「荷重の分布」でも曲線線形の場合の規定がない(斜橋の場合は考慮されてるが).
構造力学的には曲がり梁の曲げとかねじりとかで解けたのだと思う.それで部材が問題なければ架けられないことはなかったはず.そこまでして曲線の橋を架ける必要がなかったというだけだろう.橋たもとにカーブをつけて,直線で橋に入ればいいのだから.大栃橋はとても鋭く深く切れ込んだ谷に架けられていて,その余裕がなく,橋自体をカーブにしなければならなかったと思われる.あるいは通過速度の向上を意識してのことか.
今日では円弧の角度が5度以下であれば直線桁とみなして設計していいらしい(道路示方書Ⅲにあるとか).それ以上だと反力・ねじりモーメントのみ考慮とかすべての断面力考慮とかになる.大栃橋の角度は幾らだろ.もう一度行ってきちっと採寸してみたい.
西河橋の工事報告は道路の改良第22巻第5号・地方通信にある.これを書いたのは「藤澤生」.これは誰?
答え:近デジ職員録S15.2.版に地方技師・道路技師兼土木技師(七等待遇),従七位,藤澤啓四という人名がある.役職としてもこの人やろうね.道改や工事画報では見たことのない名前.つかぐぐってもヒットしねえ.
他の巻も管見してみた.S16.8.版にはなし.S11.7.版にもなし.ごく短い期間だけおったということか.
道路の改良第22巻第5号から西河橋のスペックを抜き出しておく.ここでいう突桁式はゲルバー桁のこと多分.ちなみに久宝寺橋は橋長41.50m,径間長36.10m.
規格(採用荷重種類) 九噸自動車
橋種(型式材料) 鉄筋混凝土突桁式桁橋
三連 二三.〇米
連長及一連長 中央径間十三.〇米
側径間各五.〇米
有効幅員 五.五米
このころ奈良県地方技師に広石一匡,駒田普明という人がいて通年名前が見える.広石は遅くともS2.1.頃からS13頃まで在籍(S14.7.にはない),駒田はS3.1.に初出,早くてもS16まで在籍.どちらもungooglable.うそつけ自分で書いとるやないけ.駒田普明=月ヶ瀬橋計画指導.設計製図は別の人になっていて,細かく分担していたらしいことが読み取れる
.職員録には他にも通年見かける名前があるようなHeNeArXr.
設計計算・山崎博.土木工業社で検索する方がいい.https://opac.osakafu-u.ac.jp/opac/opac_detail_list.cgi?lang=0&place=&key=B133270823315026&start=1&bibs_sw=0&srmode=0&chk_st=0&check=10
夏発行にしか技手載らんのよー.しかしS14にはすでに名がない
その他県下の橋梁に関する情報.
前鬼橋:道路の改良第16巻第5号地方通信 そっけない書き方.長40m弱.
百寿橋:第19巻第3号 地方通信 にあるじゃん.
美吉野橋:S11竣工.第17巻第4号に着手報,第18巻第8号に竣工報.最近改修されたんじゃなかったっけか(2008の春に石本先生にそう聞いた気がする).でも当初からRCゲルバー.しかも鉄骨はすべて電気溶接で「全国の五大名橋の一つに数えられる橋」とある.
・・・ん? 鉄骨?
たしかに,道路橋輯覧 美吉野橋には配筋図がないのな.鉄筋混凝土にはなってるけど主橋体鉄筋噸数が空欄になっちょる.吊り桁の側面もいかにもPG塗り固めましたっていう形してる...これ結構面白いことになりそうなHe(略.溶接鋼橋が作られるようになったのはS8が最初だったはず.田端大橋もS11.SRCゲルバー,初期の溶接桁.
五月橋:道路の改良 第10巻第6号 地方通信 五日橋になっとーる…おれの誤入力ではなかった.
千石橋:同第13巻第4号 地方通信 下路ワーレントラス3連.戦後に架け替えられた.
折立橋:同第16巻第7号 地方通信 木鉄混交Tの吊橋.戦後に架け替え,昨年落橋.
おまけ:奈良県の道路経済調査.改修した国道路線の経済効果をナントカ氏の計算式を用いて算出.一年で元が取れたという試算・試みの計算. http://library.jsce.or.jp/Image_DB/mag/dokai/pdf/17-11-0139.pdf