トップ «前の日記(2020-04-28) 最新 次の日記(2020-05-07)» 編集
1941|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
1942|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
1943|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|
2005|09|10|11|12|
2006|01|02|03|04|05|06|10|11|12|
2007|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2008|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2009|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2010|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2011|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2012|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2013|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2014|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2015|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2016|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2017|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2018|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2019|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2020|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2021|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2022|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2023|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2024|01|02|03|04|

旧道倶樂部録"

nagajis不定記。
本日のアクセス数:0|昨日のアクセス数:0
ad

独言 | bdb | C60 | D | KINIAS | NDL | OFF-uploader | ORJ | pdb | pdf | ph | ph. | tdb | ToDo | ToRead | Web | web | きたく | | なぞ | ふむ | アジ歴 | キノコ | コアダンプ | | ネタ | ハチ | バックナンバーCD | メモ | 乞御教示 | 企画 | 偽補完 | 力尽きた | 南天 | 危機 | 原稿 | 古レール | 土木デジタルアーカイブス | 土木構造物 | 大日本窯業協会雑誌 | 奇妙なポテンシャル | 奈良近遺調 | 宣伝 | 帰宅 | 廃道とは | 廃道巡 | 廃道本 | 懐古 | 戦前特許 | 挾物 | 文芸 | 料理 | 新聞読 | 既出 | 未消化 | 標識 | 橋梁 | | 滋賀県道元標 | 煉瓦 | 煉瓦刻印 | 煉瓦展 | 煉瓦工場 | 物欲 | 独言 | 現代本邦築城史 | 産業遺産 | 由良要塞 | 発行 | 看板 | 石垣 | | 竹筋 | 納得がいかない | 索道 | 絵葉書 | | | 資料 | 近世以前土木 | 近代デジタルライブラリー | 近代化遺産 | 近遺調 | 道路元標 | 道路考古学 | 道路遺産 | 都計 | 醤油 | 陸幼日記 | | | 鯖復旧 | 鳴門要塞

2020-05-06 [長年日記]

[D] 5/6

歯痛で断続的に目覚めては寝てを繰り返していた朝方に見た夢。複数人数で街を歩いている。ちょうどKINIASの見学会か何かのようである。場所は定かでないが後に「東大阪にもこんなところがあったのか」と思ったり「大東市だからな~」と思ったりしているからその辺りなのだろう。

丘の斜面に発達したごちゃごちゃとした街の細路地を、集団の一部になって降りていく途中、丘の端に煉瓦基礎が残る空き地を発見した。少しなら外れてもいいだろうと思い、いつもの癖でその煉瓦を覗き込んでみると、frogのついたいかにも古そうな煉瓦で、なおかつその底に英字が刻まれていた。どうも輸入物の煉瓦であるらしい。現実ではこうした輸入煉瓦を街なかで見たことはなく、夢中の私もひどく驚いて、我を忘れて検分モードに入ってしまう。

モノは同一会社のものではないようで、様々な英単語の断片を読み取ったように記憶するが一つとして覚えているものはない。とにかく一個一個違うメーカーのような塩梅だった。なおかつそんな輸入煉瓦だけでなく日本製の煉瓦もあった。斜面に設けられた屋敷石垣の縁のほう、ひときわ深く掘り下げられた一角には、桜宮橋台で見られる大型ワッシャー刻印とそっくりなものが並んでいたりした。

輸入煉瓦の一つが特にふるっていた。中空だったのだ。しかも単に穴が空いているというものではなく、煉瓦内部をユニオンジャックのごとくに隔壁を入れて、それを蓋して作ってある。外観からは普通の煉瓦にしか見えない(表が割れて欠けていたので内部構造を知ることができたのである)。しかもこれには星形だったか六稜星型だったかのハメコミパーツもついていた。同じ形の穴が本体に開いていて、そこに鍵宜しく同じ形の煉瓦片を差し込んで作ってある。図に書くとこんな感じ。 画像の説明

「これ、すごいですよ」そんなことを言いながら同行の先生にそれを見せたりする。

この空き地には煉瓦基礎だけでなく転石様になって転がっているものも多かった。何故かキリル文字の入ったスレート瓦さえあったりする。これ全部チェックしてみたいのは山々だったのだが……今は団体行動中だ、そんなことをしている暇などない。見学会がお開きになってからまた来てみよう。そう思って惜しみ惜しみこの場を後にする。

その後も街なかをうろうろし、いくつかイベントがあったように記憶するが定かには覚えていない。その間ずっと件の空き地の位置を忘れないよう位置感覚を保持しながら歩いたのは確か(平場からさほど離れていないところでも輸入煉瓦の転石を見て「なんなんだこの街は」とか思ったりした)。とにかくひととおりの行程が終わり、解散となったので、さああの平場へ行こうとするのだが、その時になって「カメラをどこかに置き忘れてきた」ことに気づく。首から下げていたはずのカメラがないのだ。真っ青になって荷物置き場に行ってみると、床に様々なものが散らかっていて、その中から自分のカメラを探し出そうとして躍起になる私。もちろん見つからない。あったと思ったらよく似たネオ一眼タイプのLUMIXだったりNIKONのPシリーズであったり、そのジャンクであったりして(ガワのパーツが全部取り外されてボディだけになっていたり)、自分のX-S1は出て来ないのであった。よくあるパターンである。

歩いてきたルートを逆向きに辿って探しに行くが、堤防で囲まれた釣り堀の縁で素っ裸になって暴れているおっさんに遭遇したり堤防に置かれていた釣り竿に蹴躓いてぶちまけたりとかいったイベントを経て、結局見つけられなかった。あーあ……結構したんだぞあのカメラ。撮った写真もパーじゃないか。と途方に暮れる私。

そうやって気落ちしているうち、いつの間にか左手にX-S1を掴んでいる自分を発見した。あれ?もしかして、ずっと持ってたの?おれ。

現実世界ではこういう間抜けをした自分を罵る時に「バーカバーカバーカ」と叫ぶことが多い。1バーカごとにクレッシェンドで大声に、吐き捨てるように叫ぶのである。

「バーカバーカバーカ!

こんな感じ。夢の中でもそう叫んだ。

そうして件の広場へ向かおうとし……その辺りで目が覚めた。

実際に図のような煉瓦を作ろうと思ったら結構大変なはずだ。中身はプレス成形か押し出し式でできないことはないし、それ仁平を貼り付けて形を作れないではないだろうが、焼いたらベコンベコンに歪んでしまうはず。星形がなかったとしても。この星形の挿入は何かの戦記モノで読んだ桜のマークの話から来ているような気がする。器用な作業員が戦艦の甲板に桜形の切込みを入れて、それにぴったり合う桜形のピースをはめ込んで、油を拭いたらその跡さえ見えなくなるほど精巧だったとか何とか。時折思い出しては、海に沈んで錆びているそれがどんなふうになっているだろうかと思ったりすることがある。

[危機] 歯が痛い

一昨日あたりから急に左下奥歯が痛くなった。噛むと激痛が走るタイプ。数年前に銀歯を被せてもらっていて根本治療しているはずなのだが、底のほうで化膿しだしたのかも知れない。噛まなきゃいいとはいいながら偶発的に噛んでしまう事態は避けられず---くしゃみした時に思わず噛んでしまい目から火が出るような激痛に襲われて悶絶したりとか右奥歯で噛んでいたコンニャクが不意に千切れてカッチンと行ったりとか---、G.W.中ということで歯医者は休み、なおかつ明けても予約がいっぱいで、今入れそうなのは11日(月)とかになってしまう。耐えられるのだろうか。とりあえず今日はバファリンPREMIUMを購ってきて早速飲んだが効果のほどがよくわからない。

今日あたりから顎の側面が少し腫れだした。虫歯でほっぺたが腫れたイラスト、というのが単なるコミカライズではなくて現実のカリカチュアライズなのだと知ってホウホウと思ったりしている昨今である。今は小康状態だが時たま顔左半分がジュクジュクと痛くなったりすると何も考えられない。そんなだから原稿書きもpdf化も停滞しそうな塩梅である。原稿を早く書き始めておいて良かったと思う一方、サブ記事はまだ手付かずで不安が残る。大丈夫なのか。


トップ «前の日記(2020-04-28) 最新 次の日記(2020-05-07)» 編集