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旧道倶樂部録"

nagajis不定記。
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2009-02-19 この日を編集

[Web] やりたい放題

とうとうラベルまでTeXで作ることに。う○こwordでラベル作成すると最後の一列が打ち出せなくなる罠が待っているのを忘れていた。有り難いことに世の中には汎用のラベル用テンプレ@TeXがちゃああんとあって、少々いじればこれで行けそうな塩梅。ラベルの現物が届いていないのでまだ安心はできないが。

その後CD-Rページ/アイテムページの修正。主に商品紹介ページの作成に関するバックエンドプログラムをいじる。課題だった画像のupもうまくこなせるような感じ。これはORJ.pdfのダウンロードページにも反映したい。

念のため、売り切れた時の処理もしておく。Sold Outをみかけたら復刻希望をくりくりするとまた作るかも知れない。

これらがひととおり終わって、ERRATAの仕組みについてもメスを入れることに。ORJのなかで最も納得がいかなかったやつ。親玉中の親玉(ホントはweb販売とは関係ないのだけど・・・)

前の版は深く考えないまま作り始めてしまったのを楯真下もとい建て増したものだので、一回の修正ごとにメールが数百通飛んで行ってしまうという恐ろしい仕組みになってしまってた。それが結構な負荷になったりもした(実はこのへんに問題があってできなかったのだった>※未承諾広告的一斉メール)。なのでまとめて修正をした時なんかは代表の1つだけ飛ばして「続きはwebで!」的な書き方にしていたはず。これもよくないし、一気に数百通飛ばすのはやはり恐い。bcc:で送れば問題ないのだろうけど、それもちょっとさみしいよなあと思う。

次回からは修正を蓄積して、ある程度溜ったところでメールフォルダにセット、それをcronで適量ずつ飛ばすことにする。名付けて弾装システム。これを使えば全登録者へのメールでのお知らせもできる。ERRATAを発行しやすくなったらもう少し修正頻度も増えるはず。

ただ、、、作りが元からタコだったうえに建て増ししたものだがら、作った本人にもさっぱりわからんちんな内容になってて、うえにグルグルする頭で作っていたらあっという間に変なことになった。わずかなテキスト整形であるはずなのに実装するのに数時間・・・。泣きそうだ。

汎用性を持たせるためにはもう一段階テキスト整形しなきゃいけない。それはわかっているのだけれど、その実装のために何が必要かわからなくなって現在。ねむねむあたまで何かをするもんじゃないな。ようはメールアドレス、件名、文面さえあればいい。その他こまごまとした対応はそのこまごまに応じて作ればいいはず。ただ読者番号と弾丸の作成時間は入れておいたほうが後々便利かも知れない。今すぐには使わなくても。

ERRATAの発行から実際に届くまで最大1時間程度のタイムラグが生じると思う。このタイムラグの間に購読期間が過ぎちゃったりしないだろうな・・・まあそれは、あのマージンで何とかなるか。

ついでに購読期間中の更新すべてを強制的に送る仕組みに変えなきゃと思う。現状では更新を取得するチェックを明示的に入れていないと前号前々号の更新情報が届かない。とはいえ・・・どっちがいいのかなあ。毎回チェックしないとメールが届かないのと、毎回チェックを外さないとメールが届くのと。読者スタンスで見れば得をするのは前者なのだけれど、うざい人にはうざいだろうし。

たぶん後者で行く。最初の1号(次号購入)からチェックをデフォ、3カ月過ぎて「もう買い直すことはない」と判断した人は外してもらうことにする。

エラッタのエラッタオワッタッタ。エラヤッタエラヤッタヨイヨイヨイ。その1/10の時間で汎用メールフォームを作り上げる。送信はglobして処理して放り込むだけだ。

第一弾到着。予想以上の再現率で驚いた。やはり枠なしが正解。自分で10も20もつけたくなる。

昨晩の打ち合わせでCD-R販売ページをバックナンバー紹介ページに流用する案が出た。GUI的なバックナンバーいちらんという意味ではアリかも知れないと思い少し手をつけてみる。しかしここに「購入する」をつけてしまうといかにも勝手管茶居という感じになってしまう・・・。少し寝かせてみよう。

さあ、残りは何だ?!他ページからの誘導、ダウンロードページとの連係、チェックの処理。このへんからデータベースとマジで向き合わなければならず、大変だ。そうして敵前逃亡するように明日明後日はお出かけだ。


2010-02-19 失敗だ・・・ この日を編集

どこの仁和寺の法師だ(パクリ

[独言][原稿] 東熊野次号

廃道本も進めつつ次号の東熊野のことを考えている。大人しく北山号に入るべきだがどういう構成にするか悩む。最初の在所・日浦が大きなキーになるが、それ以降どうするか。第2章のようにすると日浦が浮いてしまうし、日浦(天ヶ瀬)も含めて第二章展開しておいて最後に日浦に戻る(今回見たく最後につける)のもあるが、そうすると不動峠どうするのさ、っていう話になる。

池原以北も重要なポイントだ。しかもこの辺り解説しようとすると池原旧道、不動峠、小井隧道の3点セットになる。要は二つに分けにくい。一つにまとめると時間が足りない(多分)しごちゃごちゃしすぎる。次回はサブ扱いでショートバージョンにし、×2にするか。

いい加減土倉街道書けという天啓なのかも知れない。しかし個々の場面を忘れているうえ2回に分けざるを得ない>土倉街道。その位で書く方がダダ長くならずに済むのかも知れないが。

[KINIAS] 地味に大変だ

大変だ。大変だ。えらいところに入り込んじゃったなあというのが正直なところだ。けれどもこういう状況が人生経験になるのだろう。今更感で膨満感たっぷりだが>人でなしnagajis。で、ようやく会誌原稿を終えた。

[原稿] むしろ

廃毒で村田か石垣かしたほうがいいんじゃね?と思いつつある昨今。だが廃道本原稿終えた時点での余力によると思われる。ラス5。あと、川上村にチェック出しせにゃならん。タイミングが難しい・・・(原稿時点で出すか?レイアウトで出すか?)

レイアウトで渡したがった私は馬鹿扱いされたが、どういうものになるかイメージしやすいと思うのだ。そのほうが。そういう割り切れないところがnagajisのnagajisたる由縁なのだろう(貧乏なところとか)。

どうせならついでに資料撮影@もくもく館行っておきたいな。。。せっかく許可が下りたのだ。

[独言] 廃道ナイトアンケをもらったが

怖くて見れないゴールデンタイム時。テレビなどないが。2chに投下してみようか(さらに縁がないけどな)

宅で披露できなかったのも心残りの一つだが、それって結局よく思われたいだけじゃね?自制が働いてのこと。自分ではなく村田が注目を欲してるのだよ>nagajis、しかしプレゼンを経ないとflashが域内。どないせっ中年。

[原稿][ORJ] 新企画がほしい

昨年もそう思っていたがさらにほしい。マンネリだ。nagajisは。

本日のツッコミ(全6件) [ツッコミを入れる]

Before...

_ nagajis […あまり聞かないでください…しくしく]

_ オッキライ [「石清水」ってなんですか?・・・しくしく・・・]

_ とと [私事ながら、只今私も冥府魔道をさまよう身(地獄) いっそこの世が亡くなればいいのに、と思っても、乞食の願いがかなうわけもなく。 だからと言ってお互い頑張りましょう!!と言う言葉も軽すぎる。 てな..]


2011-02-19 この日を編集

[廃道とは] 3

とりとめもなく続ける。廃道はtyafficさんが仰るように過程が楽しめるのが他廃と違うのだろう。両者不可分というべきか、2度おいしいというべきか。うまい例えでないけれどもテレビと似ているところがあると思う。テレビが好きな人は多いだろうが、誰もがテレビの映る仕組みを理解して観ているわけではない。なぜ電波が目に見える形になるのか。ブラウン管やLEDはどうして色がついて見えるのか。番組制作の裏側の苦労は。そういう所に目が行く人は廃道も楽しめるんじゃないか。

歴史を掘り下げるという点では「ロマン」ということばが似つかわしいけれども、そればかりでは飽きてしまう。何も廃道でなければならないわけではない。「北山の峠」に代表されるような(と勝手に代表扱いすると東国の人が怒るだろうが)峠の盛衰を描いた本は数多くある。そこでは徒歩で峠を越えていた時代への憧憬、モータリゼーションの影で失われていく旧文化、自然回帰、みたいなことがよく語られる。というよりもそれしかないように感じられて、かえって食傷を感じる。「日本百名峠」は確かに名著ではあるのだけれども、あなたの憎むその現代社会に、あなたは住んでいるんじゃないですか? と問いかけてしまいたくなる極端な論が多い。嫌ならばどうするか、皮肉る以外に途はないのか。峠本ばかり買い集めて読んでいた頃につくづくそう思った。

「ロマン」の追求は結構だが、度が過ぎると過去に囚われてしまうおそれがある。廃道を楽しむということは、過去を現在に引き寄せて、現在視点で過去を見る、過去と現在がどうつながっているかを考えることに、趣味としての滋味があるのではないか。いや、自然と考えてしまわざるを得ないといったほうがいいか。打ち捨てられた隧道を見ればかつて人や車が通っていたことを思い浮かべるだろう。廃止されてからこの方の経過時間を想像したりもするだろう。廃れてこうなったという「現在」を目の当たりにして、同時並行的に「過去」を見ているということだ。両者がそう遠く離れていない−−−縄文時代の遺跡だとか古墳時代の埴輪だとかに比べれば−−−ところも、彼我の距離を測りやすく、身近なこととして捉えやすい。今に直結する過去だからこそ興味を持てる。

感覚的になってしまったので書きなおす。廃道探索は古きよき時代を懐かしむ趣味ではなく、過去から現在までの経緯を知る趣味なんじゃないか、ということが言いたい。現在の姿を肯定するところから始まって、順に過去へ降りていく結果、今の世の中や、時には自分の来し方を知ることになる。そういう趣味だと。

「峠本」には近代以降今日までの過去が欠けている(ように感じる)。身近すぎて興味の対象にならなかったのか。「わかりきったこと」として省略されたのか。しかしながら、近代以降の歴史のほうがかえってわからないことが多い。整理されていない。技術史なんかは特にそう。どのような構造物がどこに存在しどのような技術で作られたのか、全容解明されたわけでは決してない。今だにねじりまんぽ橋梁が発見されるくらいだ。道路の改修史も個別に当たって資料を付きあわせてようやくおぼろげに見えてくるありさまだ。整理されずに眠ったままの一次資料が数多くあって、誰もそれに手をつけていない。

そんな近現代史を抜きにして道を知ることはできないだろう。鎖の一つが外れているようなものだ。その失われた一こまを探してきて、歴史を繋いで見せる趣味。それが廃道探索。きっとそれは、単に自分が楽しいだけの趣味ではなく、も少し大きな意味のある活動になり得るポテンシャルを持っている。

[廃道とは] 4

廃道は、役目を終えたものだから心安く楽しめるのだと思う。仕事を終えて眠っているターンだから気安く近づけるのだと思う。より便利な道ができて退役した道のほうが後腐れなく楽しめていい。古老の昔語りに耳を傾けるような安心感でもって散策ができる。代替道路もないまま廃れてしまった道、未成道路のような「夢の跡」は見ても歩いても切ない。

本来、より便利に暮らすために作られたものだ。不便なまま使い続けられる道は不幸だし、二所を結ぶ機能からして廃止されたような廃道はもっと不幸だ。そういう不幸を不幸のままで置き去りにしないために、調べて書いて残すことは必要だけれども、微妙に書きづらいところがある。その道を利用した(利用しようとした)人が望んだ結果そうなったのかも知れないし、社会の趨勢上致し方ないこと、必然だとか予定調和だとか書くべき事象であるかも知れない。自分の場合は特にだが、そういう道を書くと単に廃道になったことを惜しむだけになりがちだ。本当にそうなのか? それは現象の一側面を見ているだけに過ぎないのではないか?

林鉄の探索なんかは特にそんなことを思う。林鉄の廃止を惜しむことは簡単なのだけれど、ではトラックよりも不便な軌道を使い続けたほうが良かったのかというと、そうでもないだろう。(たぶんつづく)

本日のツッコミ(全3件) [ツッコミを入れる]

_ 渡辺 [永冨さんの廃道に対する捉え方・感性につくづく同感です。「自分の来し方を知ることになる」など正にそうですよ。]

_ nagajis [渡辺さんに教えられたようなものですよ・・・]

_ 渡辺 [今のところ自分一人で楽しんでいるだけですが、「単に自分が楽しいだけの趣味ではなく、も少し大きな意味のある活動になり得るポテンシャルを持っている」ここまで持っていきたいですね。 ]


2012-02-19 この日を編集

[独言] オラオラオラオラオラオラァ!

奈良県下の戦前の鉱山,発電施設をほぼ回収.びっくりするぐらいに吉野郡にはいろいろなものがあった.誰だ吉野には山しかねえなんて言った奴は.

[独言] オラ(略

索道ラインの雛形を作成.「日本近代の架空索道」は労書だと思うが記述があっちこっちに飛んで読みにくい&理解しにくい.まるで誰かさんの原稿のようだ.ふはは.

本当は地形図に落としこみたいところ.洞川電気索道,紀和索道,日本鋼管索道の詳細はまた今度.

[独言] あれ

「鉄道構造物探見」P37のキャプション間違ってなくね? 堺煉瓦と岸和田煉瓦の説明が逆だ・・・.一瞬自分が間違ってるのかと思ってビビった.

[独言] 猫の尻尾を捕まえた!

行方不明になったことで知られる?猫間川の位置がわかる地図をようやく発見した.あとで都計マップに反映しておく.

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]

_ ocoze@三重 [まだまだ楽しみは尽きないようですなぁ。おすそ分けをお待ちしております。]

_ nagajis [面白いものが見つかるといいですね~]


2013-02-19 この日を編集

[独言] ばーかばーか>nagajis

画像の説明 回収ミッションは無事終了したのだが幹事会の日を一日間違えた。電車代540 えんも無駄遣いした・・・。

顔の本に逃げようかと思ったがやめとこう。バレたらどっちもどっちだし閉鎖空間に持ってったらそれこそ意味ねえ。。。

朝和村道路元標はNPO法人京都歴史地理同考会さんが回収して保管している。この団体さんは歴史的遺物の保存・活用を行なっていて、例えば石碑や顕彰碑に解説看板を設置したり、工事で撤去されそうになった石碑の移設保存なんかをされているのだそうだ。本来は京都が活動エリアなのだけれども、たまたま町を歩いていた時にこれを見つけて、放っておくと亡失するんじゃないかと心配してはったそう。初めて気づかれたのは今から10年ほど前のこと。そうして行動に移したのが昨年の11月。(近代化遺産調査とは全く関係がない。念のため書き添えておく)

現在その移設先をどうやって確保しようか思案中という。会長さんが天理大学の非常勤講師をされている由で、最悪大学のどこかにとも考えていたが、できれば元あった場所に戻したいと仰る。ぜひそうすべきだと思う。お手伝いになればと思い「道路元標一件」の抜き刷りをお渡しして些末事含むあれこれをご説明してきた。

そもそも何で天理市にあったものが京都南区まで飛んでいったのか、よくわからない。突っ込んでもわからなそうだし、わかったところで誰かの得になるわけでもなさげだから、その方面は追求しないでおこう。畝傍町道路元標は駅前工事を請け負った建設会社が保管してくれていた。朝和村も溝の工事か角切りかの工事があって以降行方知れずになったそうだから(「尋ねて」)、同じようなことが起こったのかも知れれぬ。「尋ねて」には改訂天理市史下巻に「旧朝和村役場前にあったが現在行方不明」と書いてあると書いてある。告示では別の場所に設置することになっていたので、折損したのを公民館に運び込み、さらにそれが移動されられた可能性もなきにしもあらずだ。

現物は後頭部左側?に大きな打撲傷?があり、そこにぶつけられて折れたと思われる。しかし若干謎。「道路元標一件」によれば、南北に伸びる上街道(府県道奈良津線)から長柄駅に向かう道が分岐する┤字路の北角に設置したことになっている(げ、間違った地図渡しちまった)。旧上街道に面して建っていたはずなのでその側に車がぶつかることはあり得ない。例えば城島村道路元標のように向きを変えて建て直されていたとしたらあり得るだろう。上街道を背にして建っていて、北から来て駅の方へ右折した車が巻き込んだらここに傷ができる。

元標の残存率を計算しようとしたがどうもウマくない。

T9時点で154市町村あった。

白樫村がなくなり、畝傍町元標と樫原元標が設置された。

馬見村、南生駒村は亡失(多分)。当麻村は一応現存とみなす。掖上村と川上村と朝和村は現存。

櫟本村は現存と見なす?見なさない?>見なさない・・・

現存数71。「尋ねて」では69。神戸村と高市村と朝和村が見つかって・・・ってあれ2本亡失じゃなかったっけか? 樫原は入れてはらんのか。

分子を71とみなすか、72とみなすか。分母を154とみなすか、155とみなすか。

71/155=0.458.. 45.8%。とりあえずこんくらいは残ってる。他府県はどうやろね。

ああそうそう、これで奈良津線は丹波市から三重県境まで繋がった。


2014-02-19 この日を編集

[煉瓦刻印] 漢数字「二二」

漢数字「二二」煉瓦刻印
送信者 関西地方煉瓦刻印

いつのまにかこんなのを撮っていた。岡町のどこかだと思うのだが場所がわらない。すかぽんたんめ。

[奇妙なポテンシャル] #326

うるおぼえでナンバリングしたものだから#326と#329が抜けていた。その穴埋めをしなければならず無理やり#326を考えなければならない状況に陥っている。久しぶりに一日中パソコンに向かって疲れ切っている午前2時のこの期に及んでだ。

こういう無理栗紡ぎ出さなければならない状況で良いアイデアが浮かんだ試しがない。一度悩むと際限なく泥沼にはまる。沈み込んで沈み込んでマントルまで行ってしまう。世界の中心で無能を悔いる結果となる。こうやって無意識に打っているうちに打ち間違いが発生してそれが奇ポテに成果したりすることもないではないがもし実を結ばなかったら単なるキーストロークの無駄だしそういう無駄に終わることのほうが実は多い。この実は果実の実ではなくじつはのじつである。

最初は奇妙なポテンシャルの反義語としてぽてんしゃるに接頭辞imをつけることを考えたのだが奇妙なインポテンシャルという字面に反応してしまう人のことを思ってやめた。略して奇インポなどと書いてしまった日には下ネタに逃げてしまったことへの後悔で一日どんよりした気分で過ごすことになるだろうと思う。この文章の中に縦|横|斜読みを仕込んだという嘘もあまり面白くはない。フローティングレイアウトでありながら狭い画面のスマホで見ても1980x1280ディスプレイのBeOSで見ても 縦|横|斜読みが仕込まれていたらそりゃすごいが。

この間いいポテンシャルを教わったはずなのだが、実体験でないためかすぐに忘れてしまった。人から聞かされて面白く思う話と内から沸々と湧き上がるポテンシャルと本質的に異なっているのかも知れない。何度も反芻して心理に近づきたくなるか否かあるいは近づき得るか/否かの違い。

ナンバリングを振っておきながらポテンシャルがないというのは斬新だがそれではナンバリングの無駄なだけだ。この栄光の328回続いたポテンシャルの追求史に一抹の汚点を残すものではないか。そんなことは断じてあってはならないと思う。その意気込みのせいでいま脳味噌は疲れている。補給するブドウ糖も切れた。と思ったらそういやこの間貰ったチョコレートがあるのだなと思い出した。手元に転がっているそれを拾い上げ、裏を見て、あ、すげ、アルチザンのだと思ったのもつかの間、その側面に「要冷蔵」のシールが貼ってあるのを発見。大丈夫なのか。

うむ、大丈夫であった。生チョコうまい。うまいうまいと反芻しつつよく考えたらブドウ糖入ってないんじゃね、チョコレートって。砂糖だったら蔗糖だろう。ううむ。

キューブブロック状のチョコレートを摘みつつ、ふと「煉瓦刻印と奇妙なポテンシャルって似てね?」と思った。分かる時もあり分からない時もあり、そのまま放っておくわけにいかなくなる。いつまでも脳裏にこびりついて刺激する。明らかになった所で腹が膨れるわけではないが何というかこう達成感がある。「そうだったのか」という発見がある。しかし煉瓦を328個も集めたら大変なことになるだろう。現状でも煉瓦の壁ができている。この数倍量あったら間違いなく床が抜ける。今ですらひやひやしているのだ。本も多いし。

散弾銃を「銃身が3つあって三段階に打てる銃」だと思い込んでいた時期がある、という話も奇妙なポテンシャルに相応しくない。結局それは汚職事件と同じことだ。むしろ松竹梅の三段重とか上のお重に何入れよとかこれっくらいのおべんっとばっこにジスオ、ジスオ、ちょと詰めて、とか考えるべきだ。しかし生憎私は三段重を食べたことがなくどのようなものかを描写することができない。算段中でもよいのかも知れないが人のシンキングタイムほど手持ち無沙汰を持て余すことはあるまいからやめておく。ざっつ呻吟g timeである。

書いて眠くなろうという目標を達成したので寝る。


2018-02-19 この日を編集

[ネタ] 野間谷村大屋木材運搬状況

画像の説明

DSCF2905.JPG

いつも写真を見失うのでここに上げておく。最近ちょっと頭を悩ませているネタである。

仕事中に手にした本に偶々載っていた一枚の絵葉書。「多賀郡野間谷村大屋木材運搬状況」とある。トロで材木を運び下ろしている景である。小さなトロに天秤の要領で載せて二台で引き下ろしている。みんな進行方向を向いてすました顔をしているのが何とも面白い。材木の上に立っているフロックコートに山高帽の男性がお偉いさんか何かなのだろう。絵葉書写真のキャプションには「1935年頃」とあった。本から得られた情報はこれだけだ。

トロッコの写真だから目についたのはもちろんだけれども、絵葉書キャプの「多可郡」というのにも引っかかった。どっかで見たことがある地名だな。兵庫県のどこかじゃなかったっけか。そう思って調べてみれば、今の多可町、昔の八千代町のことだった。西脇市からちょっと山の方へ入ったところだ。

そんなところにトロ軌道なんてあったんだ……。初耳だ初耳だ、面白いネタになりゃせんか♪と喜んで調べ始めてみたものの、これっぽっちも判明しなかった。府立図書館へ行って八千代町史をひっくり返してみたけれども林業に関する項目からしてなかったし、近デジdl.ndlの多可郡誌にも出てこない。トロがではなく林業が、だ。一応この地方の産業のひとつであったみたいだけれども、それより凍豆腐製造のほうが上位に位置づけられていて、そうそうそれと絣もあったかな、とにかくそればっかりな書き方だった。

トロッコや軌道土工の規模から察すればさほど大きなものではなかったはずで、残っていたとしても木馬道か細山道程度のものだろうけれども、かえってそういう小規模なもののほうが惹かれるし、気づいてしまった手前諦める気にもなれないでいる。

絵葉書キャプにある「大屋」という地名は今の多可郡多可町八千代区大屋。ここへ行って総当りに聞き込みをするしかないと思っている。旧八千代町の町域でも最も奥のところだし、最寄り駅が加古川線西脇駅ということなので、アプローチが大変だと思っていたのだけれども、よくよく考えたら県道143号を北から入っていく手もあるのだった。ひとつ小さな峠を越えて、旧多可町の盆地を横切れば、嗚呼懐かしの小野尻隧道。越えて東へ進めば加古川線と福知山線の分岐点たる谷川駅。東海道線経由で南から回り込むより谷川から走り始めて西進したほうがはるかに効率がいいのだ。

本当は1月中に行くつもりでいた。絵葉書コピーと地形図をザックに入れて、いつでも出かけられるような準備までしていた。けれども何だったか忘れた理由でやり過ごしてしまった。今年の寒波が始まって豊中辺でも雪が舞うようになったのはその直後からだ。

今度の日曜日に天気が良ければ行ってみようと思う。そのついでに下滝駅近くにある福知山線隧道跡に立ち寄って煉瓦断片を検分したり(小野田さんの論文によれば開削撤去&新トンネルになっているそうだ。野田尾には刻印があったがここではどうなんだろう?)、上久下村村営発電所の建物を見たりもしたい。始発に乗れば7時過ぎに下滝に着けたと思うので私はそのへんから走り始める予定。小野尻隧道もご無沙汰しているしな。大屋には昼過ぎには着けるんでないかしらん。軌道跡探索までは掛かれないかも知れない。現地で聞き込みして情報収集と場所特定が関の山だと思う。

一緒に行ってくれるor途中で合流するという奇特な方がおられたら、nagajisまでご一報を。

[独言] 偶然と必然/帰納と演繹

最近の探索を振り返ってみて、なんだか理詰めの発見ばかりだなあと思う。ふらふらと迷い込んだ道の果てでびっくりするようなものに遭遇した、なんていうことが少なくなった。資料から得た「あるかもしれない」「あるに違いない」ネタを探しに行って、そのアテどおりのものを見つけるか見つけないかというのがパターン化している。鐘が坂隧道に遭遇した時のようなドキドキがない。ちょっと寂しいなあ。

一次情報に推論を加えて、その通りのものを見つけるというのは、それはそれで優れた技術だと思うけれどもーーー自分の推論法の正しさを証明することになるわけで技量向上の証だと言えなくもないのだけれども、要するに予定調和な探索になってしまいがちだ。見つかったね、よかったネ、という。予想外の発見ほどワクワクするものはないし物件への愛着も一入強くなるはずんなんだ。

帰納的か演繹的かの違いなのかな。見つけたモノの素性を遡って調べて明らかにするのか。素性情報から掘り下げていってモノに到達するのか。そう考えると両者は同じくらいに重要な技量かもなあ。どっちが一方だけということもないのだし。帰納的にものごとを考えるのはたやすい。幾通りもある候補の中から正解を見出していく演繹的探索のほうがたくさんの基礎知識を要求されて難しいかもしれない。


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