nagajisの日不定記。
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入室する際は大変残念なりき。然るに休養室に於ては楽しかりき。十六日二田村校長先生見学の為来熊さる。限室の際は嬉しかりき。月曜日より授業に出る。
〔nagajis:前日の悪寒が何か疾病のシグナルだったようである。「限室」原文ママ、退室?〕
久方振りに体操をなすも、一週間の休養に依り、以前に比しやゝ腕にきつさを感ずるも、調子より行われ鉄棒の際は豆を七つ作り、今回二度となすを得。斯かること非常に可とする所なり。夕食後台上の芝植工をなす。
午前中は雲、午後になりて日光を見、外にて工作講義ありたる故猛烈暑く夏なりと痛感す。夕方雨にしてむし暑し。ドルさんの独会話が単語むずかしく半ば不明なりき。今日の随意運動の利用価値百パーセントにして、二千米・鉄棒・縦躍・横躍全く疲なく好調
はがき五通来る愉快々々。今日は雨降らざる一日として体育の日なりき。良好。
nagajisの分を除き,今までの「俺流。」の原稿はあきらさんがとりまとめをしてくれていたもの.ピカさんの原稿(pdf)は3月頃にはすでに貰っていたのだけど,順々に掲載することになっていて,ようやく今月号に載ったのだった.
寝かせている間,あきらさんとピカさんの間で何度かやりとりがあって,5回近く書き直しがあったらしい.その最終版をあきら氏がnagajisにupし損ねて,それまで受け取っていた最後のものを公開してしまった.
あきらさんから連絡を受けたのが6日.差し替え版を用意したのだけど,ピカさんとの最終確認が取れなくて差し替えが遅れた(7日PM6:00).その後もピカさんとあきらさんの間で一悶着あったみたいで,告知もできず,直接話を伺って了承が得られたのだった.
nagajisとしては,書き手の意図していないものが載ってしまったことを,ピカさんにお詫びしたい.それからそれをDLしてしまったみなさんにも.
申し訳ありませんでした.
この部録"(tDiary)のツッコミ機能は議論に向かないなあ・・・エントリーを更新するとすぐ後ろに行っちゃう.掲示板のほうで新しく継続しますね.
やる気になった時に一気に進めておきたいところ。Readers・REARTYRE・広告 など短い記事・リンクのない記事を一気に片付ける。続いて「喪われた〜」の4本を総ざらえ。数字表記の統一、第一回の写真の解像度upと若干の文章修正、拡大リンク付加。
今号(16号)から開き方のデフォルトを「全体表示」に変更した。それに合わせて変更しなくてはならない。特にしおり回り。今回のCDではしおりの拡大やリンク先が何なのかわかるよう色分けしたいと思う。
しかしまあ、0608と0610は、何だあれば。0610なんかREARTYREさえないし。よほど死んでいたな>nagajis。もう思い出したくない黒歴史だが、これも定めじゃ。覚悟せい。
11号の廃道36選は、何とかして81まで持っていきたい。これが#2最大の課題。これまでORJ誌上で紹介した道も含めて、かつ制限(道の廃道・隧道単体は含まない)を緩和すれば、残り45、何とかならないか。すでに「読者の〜」という目論見は成り立っていないし、今後も見込みがないのなら、形だけでも整えておきたい。1か月以上かかると思うが。
もう一つ、解決しておかなければならない課題が一つ。#1のコンテンツに向けてリンクを張るにはどうしたらいい? コンテンツをHDDにコピーしてもらうか、仮想ディスクを作ってマウントしてもらうとかしないとリンクを作成できない。総目次とかどうするのかね。
二題。2色使いに逃げてみる。一つは「廃」の文字をデザイン処理?(網点)して使おうという目論見。
拡大するとこんな感じ。時間がかかった割にはあんまりきれいではない... 他の利用方法を考えるべきか。"OBSOLETE"を黄色にしたのは仕方無く。しかも全然締まりがない。駄作以外の何者でもなさげ。文字を上に載せてスミフチにしたほうがまだマシかも知れない。
もう一つはロゴを使用したもの。こちらはまだ様になったと思う。いい加減罫線囲みは卒業したいけどな。
こんなところでブツクサ言っても仕方無いが「デザインぼしゅーちゅーでちゅー」。そろそろ掲示板に書いておかないと。
ようやく若もの広場を後にしたこの日。久しぶりの荷物付き移動で全く進むことができず。鍋谷峠を越えて大阪河内長野、そこから千早口まで登っただけだ。鍋谷峠はこれから登ろうとする峠が麓からまる見え。「あそこまで登らんといかんのか・・・」と思うと精神的に辛いものがある(特にこの頃のように、足が出来上がっていない時は)。記録では峠まで3時間近く費したことになっている。道もはっきりとは思い出せない。後に登った蔵王峠の風景と混同しているようだ。
√480は大阪側では父鬼街道という名称らしい。和歌山側には明治大正の碑しか見られなかったが、父鬼には江戸の道標と道路改修記念碑を発見。河内長野の市街で晩飯を購入し、千早口駅近くにあるアスレチックなんとかを泊地候補として登ったが・・・廃止されて久しい「立ち入り禁止」地帯であった。諦めて林道泊。
諦めて、と書いたけれども、この時・この場所は土地感が全く無く、目印としてアスレチック何とかを設定しただけだったと思う。あのへんまで行って、泊まれそうに無いならどこか別のところへ行けばいい。その次の目標物までの道筋で泊まれそうなところがあれば。そんな気楽な、一か八かな旅をいつもしてきた。そうしてこの日も古林道を見つけて泊まった。この旅で初めて納得の行く泊地だったはずだ。
自分は自転車旅行をする時はいつもキャンプ場の類を避けている。出費を抑えるのはもちろんだし、夜中に隣で騒がれて眠れないという目に何度も遭っているから。あちらは一夜のお楽しみなのだろうけど、寝なければ明日が持たない自転車旅、これで暮らしていかなければならない身にとっては残酷刑以外の何物でもない。人に邪魔されてイライラするよりは、水道も電気もゴミ捨て場もない森の中で、人間以外の何かに怯えながら眠ったほうが遙かにいい。
素性の知れない沢水で米を研ぎ、飯を炊き、カレーを作って喰う、寝る、走る。それが自分のやりたい旅。人間としての尊厳など、犬猿雉に呉れてやるわ。
TUKA氏旧橋にnagajisの衒学的豆知識が入ることになった。その修正をばする。続いて自分の旧橋にポップアップ二つ追加。大きな勘違いをしていなければ旧橋はこれで終了のはずだ。
続けて北摂線描のための資料読み込み。実質的には進行してないが構成は考えた。あとは一気に・・・と行きたいところだが、ちょっと寄り道だ。
「汲々とすることはない」などといいつつ、また次号ORJ完全にあがってないにも関わらず廃道本関係を少し進める。例のあの企画がほぼそのまま誌面になりそうな塩梅かつnagajisが版下を作ることになりそうな塩梅なのだ。気が気でならないのだ。
一部差し替え、書き直し、書き下ろしで一通り作ってみたが、ややハイテンさに欠ける仕上がり。巻頭になるのでそれを踏まえてのアワイが難しい。源氏物語読まなあかんくなった。
そのほか、7月に向けての準備。高山市立図書館の方が涙が出そうなほど親切丁寧で涙が出た。なんだか涙の大安売りだがそういうお年頃なのだから仕方ない。ちょっと遠回りになりそうだが、それはそれ、これはこれ。
場所は言えない。口が裂けても言えない。展開して手を叩いて笑って少し気が晴れた。
宇野峠と川端線。出だしは順調だったがすぐに血糖値が下がって駄目になる。そもそも大きな発見はない。え。何とかならんもんかいな。少なくとも川端線はいまwebにある以上の出来にせねばならんとぞ思う。
無理庫裏書き進めて骨格をつくる。歴史部分は後回し。あと1wもあるのだから何とかなるだろう。
探しものをしていたら見つかった別件.自分用メモ.
吉野鉄道
吉野鉄道は明治四十四年四月七日の設立に係る株式会社にして資本金五十二万円を募す本社は大淀村大字北六田にあり貨物及旅客の運搬を目的とし官線(関西線)吉野口駅より分岐し大淀村大字下淵を経て同村大字北六田に達す此哩数七哩二にして停車場は大淀村大字下淵(下市口駅)同村北六田(吉野駅)の二ヶ所に設く
初め明治四十一年四月大淀村大字新野森栄造県道に沿いて馬車鉄道を計画せる折柄軽便鉄道法発布せられしに依り之を軽便鉄道に変更し同四十三年九月資本金二十万円を以て設置の許可を得森栄造外十二人の発起人は株券の募集に着手せしに有力者中脱退するものありて為めに中絶の止むを得ざるに至り当時の郡長谷原岸松大に之を遺憾とし同年十二月十四日材木業組合役員及び郡の有力者町村長等を郡会議事堂に会集し本郡将来の発展を図らんには鉄道を敷設し交通運輸の道を開かざるべからざるを説諭し遂に郡の事業として之を継続経営すること並に元発起人全部を除却し新に発起人選定方を谷原郡長の指名に一任することに決議したり同月二十八日井上[人偏+喜]作郎富谷松蔵大北源太郎木村熊治郎森栄造を発起人とし更に阪本仙次を以て発起人総代とせり資本金も亦三十万円に増額し株式募集に着手せしを郡長の熱誠なる斡旋と町村長並に郡役所吏員等の尽力により同四十四年二月末日までに予定に対する超過の成績を得て遂に此に完決し三月三十一日其創立総会を開きここに本会社を設立す爾来実測設計に着手し同年六月十二日工事施工の認可を得七月十三日森栄造に工事を請負わしめ七月十九日起工翌大正元年十月十五日工を竣え同月二十日検査を了し同月二十五日開業することとなせりまた資本金は明治四十四年十二月十九日の臨時株主総会に於て三十万円を更に五十二万円に増額す其再募額は翌年三月三十一日迄に定額を完了せり
大正元年十一月一日より大正二年四月三十日に至る百八十一日間の乗客貨物の員数賃金運輸の成績等左の如し
乗車人員 191,652人 一日平均 1059人弱
貨物噸数 15975噸3分 一日平均 88噸3分弱
客車収入 28672円200
貨車収入 5475円420
雑収入 2506円270 一日平均 202円508
収入一哩平均 5090円818
運輸収入を月別にすれば左の如し
(略)
本鉄道敷設に関しては社長阪本仙次の苦辛実に言うべからずものありしも熱誠敢為遂に能く目的を達したるものなり現在の役員左の如し
取締役社長 阪本仙次 取締役 木村宗四郎
取締役 永田藤兵衛 同 木村熊治郎
同 北岡惣太郎 同 富谷松造
同 大北源一郎 監査役 井上[人偏+喜]作郎
監査役 山本源次郎 同 福西泰一郎
同 阪本庄九郎 同 船津弥八郎
洞川電気索道
洞川電気索道会社は大正元年十二月二十七日の設立にして下市町大字下市に本社を置く其目的は水力電気の動力により架空鉄索道を設け貨物を運輸し電燈並に動力供給を営むにありて資本金二十五万円の株式会社なり起点下市町大字下市より終点天川村大字洞川に至るまで十一哩十二鎖間に数ヶ所の停留所を設け貨物の運輸に便ならしむ
是より先天川村紀野奈良市外九名同村大字洞川字洞川に流下せし水力を利用し付近の電燈及び各種の工業用動力に供する目的を以て資本金三万五千円の洞川水力電気株式会社を設立せしを明治四十五年一月二十六日更に水力使用願を為し同年五月三十一日之が認許を得続て大阪市才賀商会工学士松本某をして実地踏査と設計とを嘱託し同年四月十日遂に電気経営許可申請を為せり
抑々此地域下市町より秋野丹生黒滝を経て天川村に通ずるの街路は既に開削改修の工を得ると雖も尚僅に人肩馬牛の背に依りて貨物の運搬を為すに過ぎず而して森林の財土中に埋没する所の鉄鉱大理石等の巨材宝蔵あるも之を輸出するの便なく所謂金玉を渓谷の中に投没するに異らざれば有志の甚だ憂苦する所なりき然るに今幸に此の天恵の水電あり事以て成るべきを知るや谷原吉野郡長其有力者を招集し前記発起者紀野奈良市外九名の出願に係る洞川水力電気株式会社を移して之を此の洞川電気索道株式会社と為すの利害を解諭するに及び衆皆其事業の有望なるを知り大に之を賛同し茲に此の本会社を組織するの基礎成り事業遂行の為め先ず其代表者を選定し其事を執行せしむ之が代表者たる者下市町にて畠山壽太郎天川村紀野奈良市元南芳野村家治佐太郎秋野村岡田豊蔵とす此に於てか其設立に関する利害の講究と先例の実行事蹟等を調査し同四十五年六月十一日発起人発会を為し資本金を定額し之を二十万円となし株式を以て之を蒐集す其十月十七日資本金五万円を増加し遂に二十五万円と成して又其募財を完了することを得たり依て同十二月二十一日架空鉄索願の許可を得同月二十七日を以て創立総会を下市町願行寺に開き諸役人の撰定を了す其役員に当選する者を左の人員とす
取締役並社長 永田藤兵衛 取締役 大嶋甚三
取締役 木村熊次郎 同 木村己三郎
同 井口岩松 同 米田治兵衛
同 紀野奈良市 同 福西泰一郎
同 羽根増治郎 同 山本信一郎
支配人 梨原又新 監査役 西村伊吉
監査役 植村徳次郎 同 岩井清平
同 岡田豊蔵 同 西川寅太郎
流しの下を漁っていたらパスタが一袋出てきて遂に4連続ペ(略)となった。できあがってさあ食おうという段階になって「なんか色が乏しくね?」と気づいた。パスタのクリーム色。まいたけの白とグレー。ほどよく黄色に色づいたニンニク。全体的に白っぽい。赤が足りない。もっととうがらしを入れるべきだったな、と一瞬考えてからそうかベーコンを忘れていた、と真理に到達した。ベーコンだけ別に炒めて載せて食った。美味かった。
以前はベーコンも贅沢品だった。それだけのためにベーコンを買うことが身の丈に合ってないような気がしていた。大量の麺を塩と辛さとガーリック風味で舌と喉を欺き胃に押し込むようなぺ(略)をよく食った。その頃に比べれば幸せな食生活が送れている。
要点を言えた気がしているがきっと通用しない。
人が購い手にとって読み始めて初めて存在し始める彼。読まれる前売れる前には彼すら存在しない、買って存在させたげてください、ということを書いておけばよかった。次は空白を入れよう。
ついに回線が完全死亡した。昨日一瞬だけ繋がってから不能である。今日はSTATUSまで赤くなっておる。うーむ。
点検は結局月曜日になった。そうして日曜日の切り替えと同梱は不可。二度も人をあげなあかんのかと思うと気が重い。回線不良がうちの過失で工事費請求されたりしたらどないしよ、とか思ったらなおさら荷重が加充される。やだなあ。会場代ですっからかんの素寒品だというのになあ。
そういう時に返ってくる申請書類。突っ返されたわけではない。これが申請完了の証であって使用時に再度提出せねばならないやつである。いわば領収証書のようなもの。
タイトルを決めねばならない。猛歯根だ時には案を持ち合わせていなくて「煉瓦の展示」とだけ書いた。広報に載せてもはずかしくない良いタイトルを考えねばならぬ。かといって写真のタイトルみたいなもったいぶった、斜め上さで印象付けようという魂胆ミエミエなようなやつは苦手だ。だから「煉瓦の展示」で充分なんじゃないかと思ったりもする。次案は「煉瓦刻印で読む関西地方の煉瓦製造業史」なのだがこれもわかりづらいし長ったらしくもある。関西地方で見られる煉瓦刻印、その刻印からくる関西地方の煉瓦製造業の歴史概観、足して3で割りたいのだが、どう頑張っても整数にはならないのだった。もともと3を約数にもってないんだろう。
あ、煉瓦刻印が語る、とかしたらいいのか。しかしあいつら能動的には喋ってくれないからなあ。こっちが口添えしたらなあかんし、実はその口添えが最大の挑戦なのであって、通訳が勝手なことを喋ってる状態なのだった。
いっそ「ザ・煉瓦」でどうだ。諦観してGO。
うわーぱれもっちゃべろぺろー。ふんぬがー。みよんみよん。
Before...
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