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旧道倶樂部録"

nagajis不定記。
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2011-12-08 この日を編集

[宣伝][廃道本] 『“道”を拓いた偉人伝』献本

画像の説明少しずつ献本を進めている.昨々々日に叡電へ行った折にはM先生に差し上げた.近代橋梁や増田淳に関して様々な助言を頂き,こと技術者視点の増田淳像について大きな示唆をいただいて,それを柱にして書いたこともあり,執筆協力者の欄に(勝手に)ご登場頂いていた.そのくせ本編の出来は芳しくない.正直なところ差し上げるのがちと怖かった(嘘大袈裟紛らわしいには結構厳しい方なのである.そのへんもまた技術者らしい).

昨日話がその本のことに及び,来たっと思って身構えてしまったが,意外にも「よくまとめてる」とのお褒めの言葉をいただいた.心からほっとした.内容が先生好みな技術の話だったからというのもあるだろうが…….

世に広く出回る論文集でないのだから,例え微力であっても『引用』して世に知らしめることに価値がある.本にすることで,増田淳という人物に興味を持つ人がいること,及びそれが彼の設計橋梁に価値あることをアピールするのに役立つ.そういう主張にこの本を使うことができる.云々.そうなってほしいと願いつつ立てた構成が願いどおりに受け取られたわけで,ひとまずは赤点回避といったところか.

[独言] 古河機械金属株式会社足尾事業所に門前払いされた

阿仁鉱山の現地事務所の方に阿仁隧道の件を伝えようと思い、手順を踏んで尋ねてみたのだが、そこに至るまでの間の足尾事業所のところで「個人の問い合わせには一切応じない」というスタンスにて追い返された。同じようなマニアが沢山いて迷惑らしい(意訳)。筋金入りに硬い。金属鉱業だけに。どうりで阿仁に何も残ってないわけだ、とたった一人の対応をもって全てなつもりで書き記しておく。

生野や佐渡と並ぶ官営鉱山の一つだが、現地には資料や資産の類いが一切残されてないと聞いた。生野のように活用しようにもモノがないから何ともし難いと。近代最初の官営鉱山、近代化産業遺産に認定されていながらこの有様、と長々話された理由がわかった気がする。

ああいう場面で「マニア」と言われると余計に腹が立ってしまう。マニアと言う言葉がますます使いたくなくなる。とはいえ彼我の間に明確な差があるわけでもなし、自分のほうが正しいというのが根拠のない自信であることも承知している。ただ一括りに括られて面倒臭い人扱いされるのが気に食わない。

[橋梁][独言] 新淀川新橋

もしやと思って電話した島津製作所のほうも不発。大阪市発注のS13.12.21.に完成した橋梁模型に関する資料、といってすぐに出てくるものではないらしい。成果物の集約とかあるかな〜と思ってたのだけど、それもないそうだ。やっぱり迷惑な話だな、うん。わかったところで島津製作所創業記念館に見返りがあるわけでもないのだし。この件に関しては。

ああいう模型はその後どうなってしまうんだろう。やはり2、3年で破棄なんだろうか。勿体無い。

[独言] 続:古河機械金属株式会社足尾事業所に門前払いされた

まだモヤモヤが収まらない.追い返されたという個人的な辱はどうでもいい.ならば次にどうするかが思い浮かばなくてモヤモヤする.会社も地域も知りたい人も納得できるような方策はないものか.これは今回に限ったことではない.似たような探究をしようとするならいつかはまた突き当たる壁である.ここでぶつくさ言い続けても仕方がなく,かといって解決の良案があるわけでもなく考えがまとまってるわけでもないのでダラダラ書き殴ることになる.

そういう探究は大学とか機関とかに任せておけということか.それはどうだろうか.大学や機関が手が回らないから放っておかれているのではないか.個人の機動力,いわゆるマニアの狭く深くな掘り下げのほうが役立つ場面だってある.ニジニ=タギルでもそういうこと言ってなかったっけか.

問い合わせが相手のリソースを割くことになることは重々承知している.どんぐらい面倒くさいことかは,図書館の参考室のカウンター近くに2,3時間座ってればよくわかる.そんぐらい自分で調べなよ,という問い合わせが次から次に入ることが(別に聞き耳立ててるわけでもないのに)聞こえてくる.それだけの労力に対する見返りをこちらが用意しなければならない,ということは常日頃意識しているが,果たしてどんだけ役立つものなのかは保証できないのだよなぁ.自己満足で終わらないようにといったところでそうであるかないかの境界線は無いも同じ.ペーパーになったかならないか,本になったか否かで判断されたりしたら,自分を含む一般人はみな足切りに合うぜ.

団体には徒党を組んで対応するしかねえのかなあ.どこの馬の骨かわからぬような人間は,馬の骨らしい活動をしろってことなんかなあ.嫌だなあ.

[独言][] いけねえ

言及(導入)しようと思ったら都市計画のながれを書かないといかんくなった...

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]

_ tyaffic [赤点回避はなかなか難しい至難の業。良かったですね]

_ nagajis [あとでアラが目につくのです。きっと。]


2012-12-08 この日を編集

[奇妙なポテンシャル] #296

諸外国の秀峰で「神の山」という意味の名称で呼ばれているものは多いと思う。 北海道の神威岳を例に挙げてもよい。なんとなく「カッケエ!」と思う。けれども顧みれば、日本で「神山」って呼んでるものと同じなのだな。スティーブ・仕事とかドナルドの息子とか。外国語から日本語に訳すときに妙なのではなく、日本語から外国語にして日本語にし直した時に妙が出る。翻訳サイトで日→英→日と重訳した時の可笑しみにちょっと似ている。

魚の目玉は旨いといって、親兄弟は好んで食べていたけれども、自分はあまり好きではなくて、人にあげたり残したりすることが多かった。しかし食うものが貧しい今、食わねば勿体ない精神から箸をつけてみたところ、滅法旨いことを認識させられ憧目させられている。

It said that a corn ball was nice, and although parents and brothers and sisters were fond and were eating, he did not so like it, and raised or left them to people in many cases. However, if not eaten now when what is consumed is poor, when chopsticks are attached from wasteful soul, it is made to recognize an awfully nice thing and carries out [ 憧 ].

それは、トウモロコシ・ボールがよいと言いました、また、親と兄弟姉妹は好んでいて食べていましたが、彼はしませんでした、したがって、そのように、また上げられた、あるいは多くの場合の中にそれらを人々に任せました。しかしながら、もし消費されるものが貧弱な時、箸が不経済な魂から付けられる時、今食べられなければ、それはとてもよいものを認識するために作られ、[憧]を実行します。

Although it said that it had a good corn ball and parents and brothers and sisters were being fond and eating, he did not do, was raised such or left them to people into in the case of many. However, if it is not eaten now when what is consumed is poor, and chopsticks are attached from an uneconomical soul, it is made in order to recognize a very good thing, and performs [憧].

よいトウモロコシ・ボールおよび親を持っており、兄弟姉妹が好んでいて、食べていた、とそれは言いましたが、彼は行いませんでした、上げられた、そのような、あるいはそれらを人々に任せた、へ、多数の場合には。しかしながら、消費されるものがいつ貧弱かが今食べられず、箸が非経済的な魂から付けられる場合、それは非常によいものを認識するために作られ、[憧]を行ないます。

although it has a good corn ball and parents and it said that brothers and sisters were fond and were eating, he did not carry out -- it was raised -- such -- or them -- people he left -- passing -- many cases. However, when it is not eaten now when what is consumed is poor but chopsticks are attached from a noneconomic soul, it is made in order that it may recognize a very good thing, [憧] is performed.

それはよいトウモロコシ・ボールおよび親を持ち、それが、兄弟姉妹が好んでいて食べていた、と言いましたが、彼は実行しませんでした -- それは上げられました(そのようなもの) -- あるいはそれら -- 彼が残した(通行)人々 -- 多くの場合。 しかしながら、消費されるものがいつ貧弱かが今食べられない場合、それは非常によいものを認識するために作られます。しかし、箸は経済外的魂から付けられます、[憧]が行なわれます。

消費されるものが貧弱な時、不経済な魂から箸は付けられるのである。そうして [憧] は実行されるのである。

その逆で、固有名詞の固有名詞感?出涸らし感?をほぐせば何だって格好良く感じられるものなのではないか、とふと思ったが適当な例が思い浮かばない。無理矢理やると厨二病っぽくなりそうでもある。

[独言] 物申す

カロリーメイトの袋 が上手く開けられなくてイラついたことがあるある人は多いに違いないと思う。廃道マニアの数よりも多いに違いない。にも拘らず対策を施さないのは何故なのか>大塚食堂製薬。消費者をばかだろ。いやばかにしているだろ。 あの印刷で万事解決するとでも思っているのか。

カロリーメイトの袋は横に開けるべきである。縦に裂こうとさせるから端が斜めに切れて反対側も同じくなってパンツ被ったような情けない姿を現出させてしまう羽目になるのだ。もしくは真ん中から裂こうとして詰まってしまいそれでも無理して引き裂くために勢い余ってUMDになるのだ。くそ。そうならないように横向きにくるっと剥ける新包装を開発する仕事にさっさと戻るんだ。と何時になく強気のnagajisである。理由は推して察していただきたい。

[独言] 都市伝説の構図

関東大震災のせいで煉瓦建物が姿を消したという話は、最早都市伝説に分類してよいのではないか。煉瓦産業はそれ以前から衰退の兆しを見せていた。コンクリートの普及で。by日本土木史。というのは以前一度書いた気がする。

都市伝説を都市伝説と断じて悦に浸るのは、どこそこは被差別部落だと陰口するようなのと変わらない気がしてきた。他人が知らないことを知ってるんだぜヘッヘーンという気分と同列であり、穿った物の見方即ち正義と信じてやまない人々に相通じるものであり、廃隧道と心霊スポットをイコールでしか結べない勿体ない人々である。たまにはそれを本当だと信じてあげる度量を持ってもええじゃないか。そのうえで分析したらどうだい。と、 こんくらい書けばnagajisも反省するだろうか。

[奇妙なポテンシャル] #297

万年床が余りに冷たく固くなってしまったので、もう一枚の敷布団を敷きながら、無意識のうちに呟いた言葉は

マット、マッター、マットレス

だった。何が彼をそこまで追い込んだのか。

似たような口合いで

ホット、ホッター、ホッタッター!

というのをやったこともあった。勢いだけが支配するこの巫山戯た世界へようこそ。君はカウボーイ。


2016-12-08 この日を編集

[独言] 腹痛い

「ソースはまんが世界の歴史」→「どういうことやねん、女が歴史を作ってきたんか」→「原始女は太陽やったんやぞ」→「おはらいてう」のコンボにやられた。靴下は青以外認めない。


2017-12-08 この日を編集

[独言] びっぐしっと

会社のマシンがWindowsUpdateでかましてくれて復旧に追われている。

症状

LANには繋がるがインターネットにつながらない。このマシンにはこの間更新したFirefoxが入っているが、それでYahoo!とか見に行こうとすると無反応。その他WANに出て行く系のアプリが根こそぎ動かない。

もともとこのマシンは設定コンパネがちゃんと開かないという謎不具合が起こっていた。デフォルトの8.x系からアップデートした直後はちゃんと使えていたはずなんだが。そこへ昨今の大型アップデートがあたってからおかしくなったのだ。

よくあるIPv6系のエラーかと思ったがそうではないらしかった。いくらIPv6を殺しても接続はしない。試しにChromeを入れてみたがこれはちゃんと読みに行く(しかし何かダウンロードすると完全に完了してくれぬ。これはWindowsDefenderがらみっぽいが何とも対処のしようが那須)。根っこのところですべての接続がIPv6をデフォにしていてそっちに処理が刺さっている感じ。Chromeは独自解釈でIPv4を見て出て行っている感じ。

リカバリーして出荷時設定に戻すことも考えたが、DELLの光学メディアなしタイプなのでバックアップメディアを作るところからせねばならず、それも何故かエラーで終了してしまって元の木阿弥である。この時はSoftThinkなんちゃらとかSystemとかSuperfetchとかがディスクI/Oを食い尽くしてまともに動かない中でのアレだからそのせいかも知れない。1時間くらいかけて33%まですすんだところでエラーとか糞すぎて反吐が出る。どのみちファクトリセットしたら8.0になってしまうわけであまり取りたくない策ではあったのだけど。

Updateの巻き戻しも試みたがこれもウン時間費やした上で消せないファイルがあるとか何とか抜かして終了しやがる。超巨大な聳え立つ無益の糞である。


2018-12-08 この日を編集

[煉瓦工場][煉瓦刻印] 三ツ輪

画像の説明休み時間を使って大日本商工録にとりかかったら富山の石黒商店が三ツ輪社章を使っていたことを発見した。敦賀で見つけたあの三ツ輪も愛知の片山煉瓦ではなく富山石黒商店製と見たほうがよいのかも知れない。分水嶺2つ越えて運んでくるより北陸線で1本or日本海航路でツツツのほうが早いだろう。しかし敦賀では印南郡のK7があったりするからな。侮れない。

今のところそれ以外に瞠目するような発見は無し。北海道の鈴木煉瓦が星Sマークを使っていて、「日本れんが紀行」に掲げられていたアレがそうなんだと気づいたことと、磐城シャモットが「菱K」を使っていたのを知ったのと(どっかで見つけてなかったっけ?菱Kの耐火煉瓦、いやあれは亀甲Kか)、須賀川陶瓦の社章があったけど画像が粗くてよくわからんで困っているのと、甲州煉瓦が○甲マークを使っていたらしいことくらい。いや「くらい」じゃねえだろ、最後の一個なんかは大津で見つけたアレかも知れんのだぜ。

甲乙丙丁の甲じゃなくて○甲+識別印の可能性。しかし山梨くんだりの煉瓦が滋賀まで来るかいね。しかも70mm超の極厚煉瓦だしさ。甲乙と考えたほうがなんぼか心が休まる。

甲州煉瓦のあった甲運村は中央本線と身延線の分岐点付近。それほど都市化されていないようだから歩けば痕跡が見つかるんじゃないだろうか。操業期間も比較的長いし・・・

[] かいてる

ということを書いていたのだが上の[煉瓦工場]タグを補完したときに消えた。まったく余計な機能である。此のへんはかいぜんされておらのか。


2019-12-08 この日を編集

[独言] 自分の考え

ネット情報を鵜呑みにし信じ切っていた人が、あることをきっかけにその真偽を気にするようになり、結果何が正しいことなのかわからなくなり、終いには「自分の考え」って何やねんと悩み始めたという話を読んだ。最初はザマアなんて思ってしまったのだけれども、我が身を振り返ってみた時に、そのようなケチをつけられるほど「自分の考え」を持っているだろうかと思わされたことだった。

自分の子供の頃は確か、親や大人に反駁する若者が、そうした反駁のひとつとして「自分の言葉で話せよ」っていうような決め台詞があった気がする。勉強しなさい、いい人間になりなさい、そういう内容のことを誰もが言うような・思いつくような言葉で話し説教する大人はそう言って嫌われた。わからんでもない。同じ言葉を耳にタコができるほど聞かされると飽きてくる。あんたもそうしか言わんのかと思ったことは何度もあった。けれども今、そう思われる可能性のある立場になったとき、「誰もが言わないようなこと」とか「その人独自の思想から発せられた言葉」だとかを使っているかと問われれは、ちょっと、いやとても、自信がない。何を喋っても、過去に誰かが言ったに違いないことであったり内容であったりするだろうと思う。書くことについても同じことが言える。こういう時に自分はこう書きがちだよなあと思うような言い回しが多いことを自覚している。流麗な文章なんて望むべくもない(といったような書き方もきっとどこかで読んだ文章の真似なのである)。

自分自身の芯って何だろう、と、学生の頃から常々考えていた気がするが、だからといってコレだというものが出来上がっている今ではない。むしろ逆を行っている気もする。考えれば考えるほど芯がわからなくなってきて、結局自分はなんなんだと思うことのほうがはるかに多い。

そういう「自分の芯」と「自分が好いて止まないもの」(嗜好とか性格とかいったほうがいいか)とは違うものだと思う。煉瓦について詳しくはなったが、それが自分の価値判断を左右することはないし、様々な先行研究に学び、真似てきた結果であって、自分自身で見出したものではない。そもそも煉瓦は誰かが作ったものであって、その痕跡を読み解いてみて(あるいは読み解いた気になって)あーだこーだと想像しているだけだ。数学者が公式を発見したり物理学者が自然現象を究明したりするのとは全然違う。誰かが作った煉瓦がなければ、自分のいまの興味は持続し得ない。以上の「煉瓦」を「橋」とか「隧道」とか「廃道」とかに置き換えても同じことが言える。

微かに言えることは、そういう過去のモノに対する興味と、過去に迫ることを快感に思う性格は、自分で鍛え養ってきたことではあるだろう。ものごとを深く追求する姿勢は自分の芯なのかも知れない。そうして得られたことだけを信じている。眼前の事実を鵜呑みにするんじゃなくて、咀嚼吟味したうえで採るか採らないかを決めている。それだけは自分。だと思っていたが、その採る採らないの判断基準はどこにある?どこから得た?と考え出すと泥沼だ。フォークより箸がいいと思うのは日本文化のなかに育ったからであって、環境に影響された結果だと言えなくはない。自分自身の選択で箸を使っているわけではない。外人さんがチョップスティックスを使っていれば「ああこの人の選択なのだな」と思えるが。日本語だってそうだろう。日本に住んでいるから自然と日本語を使っていて、それを怪しむこともない。

こういうのもひっくるめて、結局は、寺田センセのいうところの「負債」なんだろうと思う。ありがたい言葉だとつくづく思う。借りたものなら返せばいいのである。違う形であって構わないから、先達から賜った言葉たち、アイデア、発想、そういうものを借りまくってきた代償として、何かを還元することができればいい。その貸借の循環が社会というものなのだろうと思う。社会を驚かす大発見とか、世の中をより良くする画期的発明とかでなくても、何かを社会に還元できれば。

その時に「自分の考え」があるといい。自分が集めたいろいろを鸚鵡返しに返していては自分の介在する意味がない。必要がない。そうじゃなく「自分の考え」というフィルターで濾過して残ったもの、あるいは濾液でもいいだろうけど、そうやって別の何かを作り出すことができたら、それが何かの役に立つかも知れない。どういう成分が濾し取れたかを「自分の言葉」で説明すれば、若人が嫌っていたような大人にはならないだろうと思う。嫌われるのは構わないが、かつて嫌っていた責任を取って、そうはなってはいけないと思う。

まあどっちにしても、気負って何かを言おうとしたり、世を驚かそうとして焦ったりする必要はないのである。それは経験でよくわかった。焦れば焦るほど失敗するからnagajisは。成果を急いだり見返りを期待したり、とかく何かのレスポンスを恋い焦がれてもs世界は私じゃないのだから。そこはむしろ禅的に、世界も自分なのだ、自他不二なのだと理解して、自分に自分をアピールしても意味ないじゃんとか思っていたほうがよい。

[独言] イベント盛り沢山

生活環境が激変したうえにイベント続きで、こういうのを泣き面に蜂というのだろう(違。嬉しい悲鳴といっとけよ)。動けるうちに動いておかなければならない。ほんとあっという間に時間は過ぎていき、それにひっついていくのが精一杯な毎日である。そのうち「嬉しい」が抜け落ちて「悲鳴」だけにならないようにしたいものだ。


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