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2026-01-15 [長年日記]

[煉瓦] 煉瓦構法とその名称の再考

深尾精一氏『旅する煉瓦』をようようのことで手に入れたのだけれども、読み始めてすぐに頭がチリチリし始めて読み込むのに苦労した。このチリチリは、聖徳太子が冠位十二階を定めたこととか鎌倉幕府が1192年に成立したことを急に否定されてしまったときの困惑に似ている。正しいと思っていたことを頭ごなしに否定されたようで困ってしまうのだ。フランス積みが本当は Flemish bond であってフランスとは関係がないことは(すでに把握済みだから)いいとしても、オランダ積みが間違っていると言われると困惑せざるを得ない。そうしてそれがどう間違っているかの説明がないまま旅が始まってしまう。チリチリを収めるタイミングを逸したまま読み進めなければならない。これはよくないと思った。あ、本がよくないという意味ではなくてnagajisがである。こんなだからnagajisは大成しないのだ。

そう反省して自分でも煉瓦構法のことを調べ直すことにした。Flemish bondがフランス積みと呼ばれるようになった経緯は如何。最初の頃はどう呼ばれていたか。そもそも自分の構法の知識はどこかに書かれていることの受け売りでしかなかったしな。当時の教科書にあたってベンキョーし直してみよう。ということでNDLを漁り始めたのだけれども、掘れば掘るほど自分の認識があいまいだったことがわかり、なおかついろいろ重要なことを見逃していることに気づかされたのだった。


画像の説明

イギリス積み。長手だけを並べた列と小口だけの列が繰り返されるパターン。これはどの本でも(基本的には)こう書かれている。また壁の隅を納めるのにヨーカンを使うのがいわゆる教科書的な構法。この積み方は第二葛城川橋梁やその隣の今井川開渠で見ることができる。しかし実際には七五を使って納めることが多かった。特に土木構造物では。

今井川開渠 画像の説明

七五を使って納めたイギリス積み。漠然と、ヨーカンと小口の並びを七五に変えたら良いんじゃね?と思っていたのだけれども、それをやってしまうと隅の側面に縦目地ができてしまって良くない。七五に置き換えるのは長手列の端っこだ。

画像の説明

七五を使った納め方は他にもいろいろなパターンがあり、小野田氏『鉄道と煉瓦』にも6パターンくらい紹介されている。長手列の端を小口に、小口列の端を七五に置き換えるのが多い。同じ南和鉄道路線でも第一葛城川橋梁ではこれで納めている。長手列の端から2番目の長手を七五に変え、端を小口に置き換えるなんていうのもある。とにかく芋目地が生じさえしなければいいので、隅の処理方法は工夫のしどころであったようだ。 画像の説明

画像の説明 〝正式な〟イギリス積みがヨーカンを使うのも多少は理由があるらしい。滝大吉『建築学講義録』には、傷物煉瓦から七五を作るのはヨーカンを作るよりも難しいと書かれている。実際にレンガタガネで割ってみたことのある身としては少々納得いかなかった記述なのだけれども(だって煉瓦を縦に割るのはけっこう神経使うんだぜ、横に割るほうがはるかに楽だし正確に割れる)、その意味をつらつら考えてみるに、ヨーカンと七五とで〝きれいであることが求められる面積が違う〟のだと気づいた。ヨーカンは小口の1/2の面積と稜が表に出るだけなので、最低限そこさえきれいであればいい。8つある煉瓦の角の6つまでが欠けていてもきれいなヨーカンを切り出せるわけだ。一方七五の場合、それを隅に使うのであれば、長手の3/4の面積と小口1面分が露出することになるから、それだけきれいな、あまり欠けていない煉瓦を使う必要がある。ヨーカンは作る手間はかかるけれども傷物の再利用に向いているのだ。うまくやれば一個の煉瓦から二本取ることもできるしな。

そうして本題その1。上掲の、イギリス積みで隅を七五で納めた積み方がオランダ積みとされていて、多くの本ではそのように説明されている。自分もそう覚えていた。けれども本当はそうではなくて、本場オランダのオランダ積みは違う積み方だ、ということが『旅する煉瓦』では繰り返し主張されている。 画像の説明

正式なオランダ積みは長手列を1つおきにずらしたこのような積み方。端に小口を入れて半長分ずらしていく。隅は七五で納めることが多いので、そこだけ見るとイギリス積みの七五納めのように見えてしまうわけだ。そうやって長手列をずらす意味もちゃんとある。どの煉瓦も長の1/4ずつ重なることになり、上からかかる力が均等に分散されるのだ。イギリス積みだと途中で3/4になってしまい、たぶん煉瓦に曲げ応力がかかる格好になる。より多くの煉瓦に力を分散できるという見方もできそうだけれども、なんにしろバランスが悪いのはいただけない。

画像の説明

この積み方はイギリス十字積みと解説されたこともあった。小口+長手+小口で構成される十字形を敷き詰めたような格好になるからだ(その場合は隅をヨーカンで納めた図が使われることが多かったようだ。だからイギリス積みの変形と認識されたのだろう)。

画像の説明

それからフランス積み。小口と長手を同列に繰り返し、それを一段ごとにずらしていく。長手の中央上下に小口が位置するとか、長手を小口で挟むとか表現したらよかろうか。フランス積みも端をヨーカンで仕上げるのが教科書的だが、七五を使って納めることもできる。この間みた大畑橋梁なんかも七五だった。 画像の説明 画像の説明

これは余談。端の納め方をイメージしながら作図していて気づいたのだが、ヨーカンを使って納める場合と七五を使う場合とで壁の全幅が変わってくる。イギリス積みwithヨーカンだと長手長が最小単位になるので、その整数倍(を目地厚で多少調整したもの)にしかならない。フランス積みの場合は長手+小口が最小単位になるのでさらに自由度が下がる。そこへいくと七五で収めれば小口幅が最小単位になるので長手よりかは細かな幅に対応できる。フランス積み+七五も、最小単位が変わらないのでそう自由にはいかないけれども、イギリス積み+七五やオランダ積みと同じ幅にすることはできるので、要するにイギリス積み+七五前提で設計された幅の橋台をフランス積みにしてしまうようなこともできるのだった。鉄道構造物である路線の一部に唐突にフランス積みが現れたりするのはそのせいだったりするのかも知れぬ。まあもっともそこまで厳密に幅が指定されるようなことからしてなかったろうとは思うけれども。 画像の説明

本題その2。じゃあオランダ積みがなんでイギリス積みの亜流のように誤認されてきたのか、Flemish bond がフランス積みになってしまった経緯はなんだったのか。こういうのを調べようと思ったらNDLが便利だ、以前煉瓦寸法の扱いを調べるために土木や建築の専門書を漁っているのである程度はアテもある。ちうわけで古いのから順に見ていったら、頭の数冊ですでにカオスなことになっていたことがわかり、ちょっとたいへんだ。

●『蘭均氏土木学 上』(Rankine著、水野行敏訳、明治13(1880))

イギリス人 William John Macquorn Rankine が1862年に著した "A Manual of Civil Engineering" の邦訳。日本にもたらされた土木学の専門書として最初期のもので、邦訳になったのもたぶん最初。草創期の技術者の多くがこの本で学んでいるはず。

English bond=イギリス積みとFlemish bond=フランス積みが紹介され、それぞれ〝英吉利繋維〟〝不列密繋維〟と訳されている(不列密積、カッコいいうえに字もよく当たっていて面白いと思う)。積み方の図示はあるが隅の納め方までは解説されていない。それよりも興味深いのは、イギリス積みの解説の中で長手列2、3もしくは4列ごとに小口列1列を挟むとしていて、図でもそのようにしているところ。必ずしも長手列と小口列の互層ではない。つまり後年American bondと解説されることが多くなる積み方もイギリス積みの範疇に入るものだったことになる。これは滝大吉『建築学講義録』でも同様の説明がなされているし、だいいちイギリス人技師がそう言っているのだから間違いあるまい。ついでながら訳のなかに次のようにあるのが個人的には見逃せない。顕頭石=小口、顕脇石=長手である。

顕頭石一列の鉛直即ち辺接際は顕脇石一列に於る者のニ倍なるが故に顕頭石を置くとき大に注意し此接際を極めて薄くするに非ればニ顕頭にて一顕脇石より稍長き地位を塞ぎ離断接際の正に一体の四分の一の所に在るべき正位を失うべし

小口列は縦目地を極めて薄くしないと長手列の長手と合わなくなる、という注意だ。これ、長手長=小口幅×2のような煉瓦(目地幅を見込んで設計していない煉瓦)の場合に起こる問題。例えば東京形のような目地幅を織り込んだディメンションの煉瓦であれば「極めて薄く」する必要はない。1862年頃のイギリスではそういう煉瓦が多く流通していたということで、官営鉄道の初期の煉瓦が前者のタイプなのとも関連してくることだろうと思う。

フランス積みのほうはちゃんとFlemish bondという語にフランス以外の文字を当てている。これがフランスの意味でなかったことは間違いなく、フランスは仏蘭西だ(下記比較参照)。同書では 〝不列甸〟という国名が頻繁に出くるがこれはBrithshのこと。

(不列甸にては華氏六十二度仏蘭西にては水の尤も密なるときの温度即ち華氏三十九度一分摂氏三度九四五なり)〔訳書p.386

(which in Britain is 62° Fahrenheit, and in France, the temperature at which water is most dense, or 39°-l Fahr. = 3°-945 Cent)〔原著p.151

そうそう、フランス積みは美麗だが構造的に弱いという説はこの本からすでに書かれている。

『工学字彙』(野村龍太郎、下山秀久著、工学協会、M19(1886))

前掲したような訳書が多く出されるようになったこともあり、専門用語の訳語を統一する目的で工学協会が作った語彙集。なので積み方の解説はないが、English bond に〝英畳式〟、Flemish bond に〝弗畳式〟の語を充てている(英、弗字には外来語・国名を示す二重線が引かれている)。〝弗〟字はフッ素の「フッ」にも充てられている文字で、これがフランスを意味するものでないことは確かだが(Centimetreの注釈に佛線度我三分三厘とある)、〝弗〟と〝佛〟、どうみても紛らわしいじゃないか。名所図会と名所図絵みたいな混同がされやすいように思えて仕方ない。事実それを混同した書籍もあったりする。

『マハン氏土木学』(D.H.Mahan著、大森俊次、原龍太訳、白井練一出版、M23(1890))

アメリカ陸軍士官学校(ウェストポイント工兵学校)で教鞭を執ったデニス・ハート・マハンが1886年に出版した"A Treatise on Civil Engineering" の訳書。表題に「攻玉社蔵版」とあるので攻玉社ではこの本が土木の教科書として使われていたのだろう。

図による解説はなく、言葉だけで〝英吉利畳式(English bond)〟と〝佛列密畳式(Flemish bond)〟が説かれている。後者には〝フレミス〟のルビ。Flemish bond≠フランス積みではないけれども、〝弗〟と〝佛〟が混同されていて、ほら言わんこっちゃないという感じ。文中後半ではちゃんと〝弗列密畳式〟と書かれているのに(しかも3回出てくる)。そうして面白いことに、この本は先の『工学字彙』に基づいて用語を選んだと緒言に書かれているのだ。どんなに注意したって人は間違う生き物なのである。

イギリス積みは小口列と長手列の互層で、ランキン土木学にあったような長手列重ねのことは書かれていない。American bondがアメリカで認識されていなかったことを示す好例になるかも知れぬ。

『建築学階梯 巻之上』(中村達太郎著、米倉屋書店、M21(1888))

マ氏土木学の2年前に東京帝国大学教授・中村達太郎が世に出した建築学の教科書。日本人が著した建築学技術書の最初のもの。

〝英吉利積〟と〝仏蘭西積〟、そして〝片面仏蘭西積〟が平面図と切図で丁寧に解説されている。〝仏蘭西積〟は Flemish bond の積み方で、つまるところ Flemish bond をフランス積みと表記した最初の本がこれだ。ただしそれは中村達太郎がそう勘違いし始めた張本人ということにはならない。中村はのちに『建築雑誌』に煉瓦構法の名称統一を訴える報文を寄せていて、自身がこの積み方をフランス積みと訳したのは「周りがそう言っていたから」的なことを書いているそうだ(このへんは『旅する煉瓦』P.140辺りを参照。原文に当たりたかったが『建築雑誌』は手が届かないところにしかないので)。明治20、21年頃にはすでにFlemish bond=フランス積みという誤解が広まっていたことになるのだが、先述三著では間違ってはいない。土木学と建築学という環境の違いによるのだろうか。

『建築学講義録』(滝大吉、合本:建築書院、M42(M24~29))

上リンクは明治42年発行の第16版だが、その内容は滝が明治24年に大阪に開講した工業夜学校で行なった講義録で、当時から小冊子として配布されていた(工学会誌明治23年11月号にその記事がある)。懇切丁寧かつ現場をよく知った書き方なので職工や職人の間でもよく読まれ、ある種バイブルのような一冊だったと聞いたことがある。個人的にも大変お世話になっている。滝大吉は工部大学校出身、コンドルの助手を務めたり工手学校で教鞭を執ったりし、また陸軍技師として各種建築にも携わった。あ、そうか、平山先生の論文があったか。

その滝がいう煉瓦構法が、また曲者なのだった。イギリス積みは〝英吉利式〟あるいは〝英国式〟で何の問題もないが、フランス積みを〝和蘭式〟と、オランダ積みと混同した書きぶりになっている。オランダ積みはオランダ積みで別に正しい構法を示しているので、フランス積みを仏蘭西積みあるいは弗列密積などと記すべきところを誤って和蘭式のまま通しているような感じだ。

順序を追って書けば、まずイギリス積みの説明があり、それに続いて「当時和蘭国にては英国式十字積と唱える積方行われ居」るとして、それが「正式のもの」と異なる点を説く。長手列の端のひとつ内側に小口を使うのはいわゆる正しいオランダ積みそのままで、それを図示した第六十図も間違ってはいない(小口列の端をヨーカンで納めた図なのでイギリス積みの亜流という扱い)。そして「又道理は同じ事なれども」と続けて、オランダ人はヨーカンを使わずに七五で納めるのを常とする、として、先に掲げておいたオランダ積みの図と同じ積み方の第六十一図を掲げている。和蘭式、あるいはオランダ積みという語は使っていないけれども、オランダ積みを正しく理解して説明している。

問題は、それに引きづついて〝和蘭式〟と銘打ってフランス積みが解説されていることだ。〝和蘭式〟には両面積みと片面積みがあり、「長手煉瓦と小口煉瓦とが一本置きに積込あり」云々。壁の内部に芋目地ができること、+半枚の厚みのある壁では半枡煉瓦を多用する面倒があるという説明もフランス積みの通り。和蘭式片面積みのところに掲げられている平面図もフランス積みそのものだ。こんなだから、Flemish bond に〝仏蘭西積〟と〝和蘭積〟という2つの呼び名があるように誤解され、いったいどっちが正しいんスかと突っ込まれた中村が困惑して『建築雑誌』の記事を書くことになったのだった。『建築学講義録』はその後も重版を重ねているけれどもこの点が改訂された形跡はない。

講義録の記述が〝仏蘭西式〟なり〝弗畳式〟なりすべきところを誤って〝和蘭式〟にしてしまったのだとすれば全て片付く(中村は「アメリカでの呼び方に基づいたのだろうか」みたいな同情ある推察をしてるけれど)。あるいは Flemish bond がフランス積みと誤解されることもなかったかも知れない。まったく勿体ないことである。

なお滝大吉はイギリス積みについても的確な示唆をしている。イギリス積みは「種々の説をなすものあれども真実の英吉利式は左に記す三つの規則を守らねばならぬ」として、次のような3規則を掲げる。

1.表裏とも長手のみの段あるいは小口のみの段だけで構成する
2.壁の外側に現れる以外には長手煉瓦を用いない
3.段中の煉瓦の壁厚方向の目地を揃えること

1.はヨーカンや七五を使わないという意味ではない。ヨーカンを使う場合も(表に現れるのは小口なので)小口段に並べ、七五も長手側がメインになるから長手段に使う、と解釈すればよいようだ。そうすれば自然に納まると。そのことがちゃんと説かれていないので一瞬何のことやらと戸惑うのだ。そのかわりに並べられている解説で、長手段と小口段の一層ずつの互層だけがイギリス積みでないことを明記しているのも注目しなければならない。そのスタイルがイギリス積みなのではなくて、長手段のみ、小口段のみで構成する積み方がイギリス積みなのだという理解は『蘭均氏土木学』にも書かれてある。

2.の解説もちょっと舌足らずだ。「壁の外側」という表現は記述のとおりに書いたけれども、「壁の表面」としたほうがいいかも知れない。壁の内部には壁方向に長手を向けた煉瓦の列を作らない、ということ。一枚半の壁だと自然に長手列の反対側は小口列にしかならないが、二枚半、三枚半と厚みを増やしていく場合、長手列の裏に長手列を入れたりせず、小口列を二重三重と増やしていく、ということを示している。長手列を入れてしまうと内部に芋目地ができてしまうからだ。

3.は少し書き方を変えたがやっぱりわかりにくいかも知れない。長手列の長手一個の後ろに小口二個が並ぶような積み方をするということで、前掲のイギリス積み隅納めの比較図が参考になるかも知れない。厚を増す時も小口に小口を継ぐようにして増していけばよく、一段のうちでは壁内で変にずらして積んだりする必要はないということ。壁厚方向に目地が通ることにはなるけれどもそれは強度には影響しない(フランス積みでもオランダ積みでもそれはできる)。この三規則を遵守して積むのが即ち真のイギリス積み、ということだ。三つの守らねばならない規則というより、この三点に気をつけて積めば自ずと強度の保証された壁になり、それがイギリス積みである、といった感じだろうか。この3つの規則さえ守れば、どんなにボンヤリ積んでも芋目地はできない。

長手段と小口段の一層ずつの互層だけがイギリス積みでないという説はC..C.Handisyde/B.A.Haseltine著、れんが研究委員会訳『れんがと建築』(彰国社、1980)に掲げられた積み方写真からも窺える。この本は英国煉瓦協会が1974年に刊行した解説書を邦訳したもので、比較的新しい煉瓦の知見に基づいて書かれたものだが、長手段3段を小口段で挟んだものを「イギリスガーデンウォール積み」としている。これもイギリス積みの一種という扱いなのである。


このへんまで調べたところで力尽きてしまった。続きはまた気が向いたら。オランダ積みが忘れられて間違えられた辺りも突き止めてみたいが、そのへんは『旅する煉瓦』にもあるしな。ただし三橋四郎『和洋改良大建築学』(大倉書店、M37)にはオランダ積みは出てこない。言及されるのはその改訂版である『改定増補 大建築学』(同、T12)から。

[archive.org]メモ

https://archive.org/details/gentlemansmagaz05unkngoog/page/156/mode/2up?q=flemish+bond The Gentleman's magazine Feb, 1847 https://archive.org/details/in.ernet.dli.2015.211444/page/n145/mode/2up?q=flemish+bond The Encyclopaedia Britannica Vol-iv 1768
2. The i8th century brickwork, Plate II., fig. 5, a type which actually came into fashion in the latter part of the 17th century. The bricks are regular in size and form, with sharp arrises (edges) ; they are built with joints never- exceeding ^in. (often only iin.) thick, and the bond is usually Flemish. Bricks vary with the clays of the locality in which they are made, from deep red to the yellow and grey stocks so largely found in London.
https://archive.org/details/gri_33125008732923/page/108/mode/2up?q=flemish+bond The architectural dictionary 1853
in the latter, b, the bricks of each course are laid header and stretcher (Fr. appareil d assises regulieres, dans lesquelles les briques sont disposes alternativement en queue et en boutisse; there are no short phrases in French to express these modes of work) :

フランスにはフランス積みを表すフレーズがない! https://archive.org/details/bim_eighteenth-century_the-builders-dictionary_1734_1_0/page/n377/mode/2up?q=flemish+bond The builder's dictionary 1734 Flemish bricks:フランドル産の黄色がかった、美しく丈夫な煉瓦。庭や厩舎などの舗装に広く用いられる。長6-1/4 in ,幅 2-1/2 in、厚 1-1/4 in。 https://archive.org/details/bim_eighteenth-century_the-builders-dictionary_1734_1_0/page/n507/mode/2up?q=flemish+bond Flemish bondとEnglish bondが詳しく書かれているが…説明が逆… https://archive.org/details/builderscomplet00partgoog/page/n101/mode/2up?q=flemish+bond


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