録"nagajisの日不定記。
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大阪歴博の建築系学芸員だった酒井一光さんとは一度だけお目にかかったことがある。いつだったかはっきりとは思い出せないが、たぶんKINIASの見学会か発表会の時だったと思う。煉瓦刻印に興味を持ったばかりの頃で、自分以外の研究成果について何も知らないままに大阪府下工場の一覧を作ったりしてそのことを発表した時だったんじゃないか。もちろん酒井さんがタイルや煉瓦の研究をなさっていること(当時大阪では間違いなく第一人者であったはず)も知らなかった。そんな方の前で自慢げにいろいろ喋ったはずである。いま考えてみればまことに恥ずかしいことである。
発表の後で少しお話をした。確か大阪歴博に展示されていた〝YEGAWA〟銘の煉瓦や〝Sugimoto〟銘の煉瓦のことだったと思う。これが歴博にあるということをご存知でなかった様子で(歴博の職員なのに?)、それを驚いておられたことにこっちが驚いた覚えがある。えっ、そんなもんなんですか?!と。確か元は大阪市博物館?大阪市教育委員会?の所蔵品で、それが歴博に置かれているということの紐づけが、どこかで途切れてしまっていたようだった(該品は〝歴博所蔵品〟ではないと仰っていたのは間違いなく、ORJのどこかで引用したときも正しい方で書いていたはずだが、どこに書いたんだったか・・・)。
酒井さんが「煉瓦のまちタイルのまち」展示を企画されたことや、考古学ジャーナルの煉瓦特集に寄稿されていたりすること、そもそも大阪の近代建築についての造詣が深くて泉布観のことなども書かれていることを知ったのはその後のことである。煉瓦研究を深めれば深めるほど酒井さんの仕事に行き当たり、多くを学ばさせていただいたし、もし私の研究成果を喜んでくれる方があるとすれば酒井さんしかいないかも知れぬ、とも思っていた。もう一度お会いして見つけた煉瓦刻印の報告ができたら、とも思っていた。
けれども……。それが叶う前に病に罹られ、次に酒井さんの名前を目にしたときにはもうこの世にはおられなかった。2018年6月に亡くなられたという。何かの際に酒井さんの追悼記事を見つけてしまって茫然自失した覚えがある。
深く関わる機会もないまま去ってしまわれた酒井さん。特に面識があったわけでもないのに、自分が見つけた・気づいたことを共感してくれそうな人がいなくなったことが残念でならなかった。いまだに煉瓦の研究を続けているけれども、実は、酒井さんがなし得なかったことを不肖私めが代理で追求しているつもりなところがあったりする。託されたわけでもない仕事を勝手に引き継いでやっているつもりだったりする。その割にはまともな成果が出せていないけどね。
そんな酒井さんの追悼の意味で3冊の本が出されたこともつい最近知った。雑誌「大阪人」に連載された近代建築の記事を集成した『発掘 de OSAKA』、タイル建築の探訪記『タイル建築探訪』、そして各種媒体に掲載された報文を集めた『酒井一光論考集 建築学芸員のまなざし』。この順で発行され、2021年刊の『建築学芸員のまなざし』をつい最近入手して読んでいる。読んで改めて、多くの人に好かれた素敵な人だったのだなと思う。着眼点も読み解き方も(単に建築史の視点からだけでなく建物と人との関わりを多面的に説いてくださる)自分の考えに通じるところがあって、知らず知らずのうちに教えを受けていたのかも知れないと思ったことだった。
論考も解説も大変わかりやすく、よい書に出会ったと思う。ここに掲げられた論考を全部読もうと思ったらどれだけ面倒なことになるかわからない(掲載誌がバラバラなので)。しかし……非常に残念なことに誤字脱字が目立つ。おそらく掲載媒体のスキャン画像をOCRでテキスト化したものを使って編集したとお見受けする。OCR特有の誤字脱字が多いからだ(特に第一章、第二章)。あるいはpdf媒体からテキストを抽出して流し込んでいる。どう考えても不要なスペースが紛れ込んでいるのは改行テキストをコピーした時に紛れ込むやつだ。もちろんかなり校正されているはずだが元がOCRだったりpdfコピペだったりすると包蔵誤謬の量が多すぎで追いつかないことが多い(経験者談)。それを修正する作業で新たな誤字を引き起こしたりもする(経験者談)。まあ、この手の誤字脱字は文意を損なうものではないから、脳内補完で各自訂正しながら読めばよいのだろうけれど、一度誤謬に気づいてしまうと気になって仕方がなくなるし、せっかくの業績、せっかくの遺稿集に瑕疵があるように見えてしまうのが惜しまれてならない。
ゆえに勝手に正誤表を作ってみることにした。出典原典は当たれていないので出典からこの通りである可能性もあるが、その辺りのことは特に書かれていなかったので『まなざし』編集の際に紛れ込んだものと仮定しておく。「▲」をつけたものは酒井さんの意図した言葉遣いだったり引用文の原文ママである可能性があるもの。P14LL7の「成の高い窓」などはこれで正しいと思うけれど、それ以外はたぶん誤りと思われる。
P14LL 歪めない → 否めない
▲P18LL3 無隣庵 → 無鄰庵 (〝無隣庵〟でも間違いではないが https://murin-an.jp/about/characters/)
▲P19L7-8 適用性 → 適応性
P21L4 庭菌 → 庭園
P23LL2 地二<漢数字>移シ → 地ニ<カナ>移シ
P24L2 事跡二<漢数字> → 事跡ニ<カナ>
L7 尽カ<カナ> → 尽力<漢字>
P25L3 いたのでさる → いたのである
L11 平明計画図 → 平面計画図
図九キャプション 情報 → 上方
P27注(3) 「大阪の歴史」 → 『大阪の歴史』
同 『造幣寮金銀貨幣鋳造所の建築」 → 『造幣寮金銀貨幣鋳造所の建築』
P30注(30) 「明治天皇大阪行幸誌』 → 『明治天皇大阪行幸誌』
P33L8 蓄積が_ある アキ不要
P34L10 十一月_一日 アキ不要
P38L13 ありまし_た アキ不要
P39LL8 ほう_へ アキ不要
▲P40L1 白川宮廷 → 白川宮邸 (同文中では旧白川宮邸で統一されている)
P46L9,L13 頭二画オトシ → 一画オトシ
LL3 迄二<漢数字> → 迄ニ<カナ>
P48L4 不要な頭オトシ
L11 在籍かした → 在籍した
P51LL7 復元の実。務 → 復元の実務
P52注(2) 公文書館紀堂要 → 公文書館紀要
同 _坂城 → 大阪城
注(5) のの → の
注(7) 頭に〝『〟不足
P53注(13)L1 「大阪城誌』 → 『大阪城誌』
同L4 をに → を
▲P57L2 者の → ものの
▲同LL3 如きる → 如き(引用文中)
P60LL6 言ム様 → 言う様(引用文中)
P61L6 あったあのの → あったものの
LL8 あえて_鉄骨鉄筋 アキ不要
▲P62LL1 必鉄骨 → 必ず鉄骨(引用文中)
▲P64L9 標の如き雑木 標→栗の誤り?(引用文中)
P65L12 木造のぼうが → 木造のほうが
P68L10 伴ム → 伴う(P60LL6と同様の誤字)
P69L8 見たとしてる → 見たとしても
LL4 然る鹿児島神宮 → 然るに鹿島神宮(か?)(引用文中)
P70L4 すべさ点 → すべき点
P73注(3) 博物_館紀要 アキ不要
同 近代画說 → 近代画説(ここのみ旧字体になっている P52注(2)では新字体〝説〟)
注(5) 二八一二九頁 ページ数おかしい?
P75注(18)『錦城復興期」 → 『錦城復興記』
P78L2-3 総工賀 → 総工費
P83写真11キャプション 2階級師団長室 → 2階旧師団長室
P107L9 千土地 → 千島土地
P119L11 壁_面 アキ不要
LL1 入れ、子状に → 入れ子状に
P123LL2-1 A.レーモンド 〝.〟の位置(全角ピリオドに)
P143LL1 一画オトシ不要
P168~ 「中村順平画「前橋八幡宮透視図」と実現した社殿について」全体 本文中〝欄〟の字だけフォントウェイトが違う?(わずかに太いように見える)
▲P199注(11) ここのみ出典発行年が和英
P2007行 北海道開堂 → 北海道開道
P212LL5,6 壕 → 塼
P233L5 嫌瓦 → 煉瓦
P237写真注釈 岸_和田煉瓦 アキ不要
P238表1 山陰形 → 山陽形
P246LL3 因徒 → 囚徒
P283LL4 取っ_ている アキ不要
P302写真キャプション 冒頭の「 → 『
P326LL2 建築の_形見 アキ不要
P342L3 1フロア の1を大文字(縦書き)に
P409LL12 頭一画落としすぎ