nagajisの日不定記。
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アカウントを作ることなく「買う。いますぐ。」できる方式を考えている。リンクをクリック>支払い>戻ってきたら一部DLされる、みたいな。結局はPayPal経由クレカ利用しかできないが、これはもう、ネットの仕組みということで、我慢していただきたい・・・。
それよりも、この方式で「本当に100%確実にDLできるか?」が不安。ご覧の通り503を連発する本サーバ。帰ってきたときに503だったりしたら泣ける。PayPalの支払いは2種類のデータのやりとりがあって、2枚刃形式かつPUSH/PULLで取得できるようになっているから、たとえ時間がかかったとしても反映されないということはない。しかし支払いを済ませORJへ戻ってきた直後に直ちにDLできるかどうかが、保証できない。
その時に備えて、仮のアカウント/パスワードを設定することを考えている。eメールは記録されない。あくまでもアカウント・パスワードだけで、とにかくその号を「購入した」フラグを立てる。もしその場でDLできなかったとしても、あとで仮アカウント/パスワードでログインすればDLできるように。
こうすると、更新があった時の対策にもなる。このアカウントでDLすればいいからだ。もし、ORJの機能が気に入ってもらえれば、「登録情報の修正」で好きな名前に変えてもらえばよい。ただしこの時にeメールを設定してもらう必要がある。
個人的に楽天のやり方は気に入らない。購入時にこっそりメルマガ受信のチェックが入っていて、一度忘れて購読してしまうと、解約するのが非常に面倒だ。未だにメルマガが届き続けている。「なんとしてもpush情報を提供する」というやり方は確かに売るには効果的かも知れないが、買う側はイライラしかしないものだ。
平行して、過去号の更新情報の取捨選択ができるような仕組みも考慮中。これは稼働中のDBを小改造しなければならないので少し先の実装になりそうだ。購入記録とは別に取得する号のカラムを追加し、これに放り込んである号を見てメール処理すればよい。最初は購入記録を丸ごとコピーするので、不必要なものを削除していただくようにするつもり。なのだがこれってある意味楽天式なのだなぁ。
いじらなければならないところメモ。
ダウンロードページ…は要らないか。新しい号はそのつどチェックを入れてもらう、と。
更新情報生成CGI
ログインページDBの修正は手動で。先にバックアップの方から。tmpを忘れないように。
明日は明日でKINIAS講演会があるし、日曜日までかかるかも知れない...OFFの件とか購読手引きの件とか修正しなきゃ遺憾のだが。
と、メモしているうちにアイデアが浮かんで、更新取得の取捨選択はほぼ実装完了した。フラグカラムの使い回しは失敗。integerで登録してた・・・
アツいどころかアイスロードっていう名前の登山コースになってるのね。ついでに詳しい歴史ページもあり。まあいいや、後半のグフンゲフンをメインに行ってみるか。あれが自動車道とは思えんのよね。
Hilfe! Das Monstrum im mir Wird explodieren!
何とかものになりそうな塩梅。参考文献が変なことになりそう。今更ながら「講演梗概ってこういうのだっけ?」とか思ったりもするが大丈夫な筈(と根拠の無い自信を植え付けておく。でないと進まん)。今夜中にカタをつけねば。
最後を「廃道の価値」とか何とかに持っていってもいいか。五社峠牛車道、東熊野街道ウォークにも触れて。(追記:無理だった)
現状でも大した背伸びなのだが、考えてみりゃニートの生活で安穏路線を取ってたらそれこそ進歩があり得ないのな。内向性を高めたところで何も起こりはしないか最近巷を騒がしている愛知の事件みたいな結果に至るだけだろう。ならば外界を相手に立ち回りを演じて玉砕して散るほうが潔い。評価を恐れて原稿書きとか講演発表とか出来るかってんだ、と景気の良さげな投下燃料を書いて戒めにしておく。所詮nagajisは口だけだ。
昨日は目出度い奇妙なポテンシャル3周年記念日であったというのに考察を怠っていた。迂闊だ。だからといって今すぐ何かが湧いて来るほどイマジネーション過多ではない昨今。不調の原因は実はその辺にあるのかも知れない。阿呆度のバロメーターであると同時に健全な精神のバロメーターでもある奇妙なポテンシャルよ来たれカモンと叫んでも「なにもおこらなかった」。
ところでバロメーターって気圧計のことなんだよね。別に温度計でも張力計でも応力歪み計でもいいんだろう。阿呆度のガイガーカウンターなんてどうだろう。電波ゆんゆんっぽくって洒落ているような気がする。
種々考察の結果「やっぱり作られなかったんじゃね?」という結論に達した(達してしまった)。米軍撮影の航空写真にもないってことはやはり天辻廻りなのだろう。あの索道の立場が哀れである。これも「夢幻」行きか、と思ったが連続して軌道というのもちと逸脱し過ぎる機雷がある。
大峰は読み込みとテキスト化を終えた。問題は27哩8駅の軽便鉄道の工費150万円ちうのが高いのか安いのか判断できないということだ(個々の物件の費用も。土地が矢鱈安かったことはわかるが)。加えて吉野軽便鉄道との兼ね合いの話が必要になってくる。やっぱりその辺が話の核心の一つになるわけで、知識の無いnagajisには重荷である。どなたかご教示願えまいか。今なら山上鉄道もおまけについてきます。あと現地を見たいと言う衝動に駆られつつある。行っても何もないっつーの。
変に頭が疲れて眠れない。ついでに15日前後の徹夜が効いて生活祭来るが来るって来ている。強制終了もタイミングを外しがちだ。
ここ数日は数時間睡眠−>起床ー>数時間睡眠−起床を繰り返している。お陰で貰ったメールへの返事もおかしくなりがちだ(元からそんな気がしないでもないが)。一日二度寝て二度起きるということは人の二倍の一日を過ごしているという見方もできなくもない。道理で老けたなと思う。
「とトロ道・木馬道」をつけていたのだった・・・.大庭かもの,もとい,大馬鹿者.あと少し。。。
本日昼間に絹路さんから電話をいただいた.寝ぼけ頭であったので少々失礼したが,いま小南峠隧道にいて,例の扁額を探しているのだと仰る.なんとnagajisの下らぬ雑談を覚えていてくださったのだ.有り難いことだ.
小南峠隧道.明治34年に洞川と下界を結ぶべく開かれた山上街道の最高所.県下では珍しい明治隧道の一つである.「天川村史」には改修される前の写真が載っているばかりか,こんなものが隧道前の道端にあると書かれてある.
この隧道,付近ではちょっとした名所?になっていて,私の身の回りにも行ったことのある方が多いのだが,こんなブツがあると教えてくれた方はいず,もちろんネットにもンな情報はない.果たして現在これはどうなっているのだろうか.気になる.そんなことを,先日絹路さんに伝えてあったのだった.結局のところ現地には存在しなかったみたいなのだが,それより覚えてて下さったことがうれしい.
無理に価値のほうへ持っていくべきでなかったか。。筵は要らんかった、ではなく、むしろはいらんかったほうを入れるべきか。これ終わらせてはよ募集ページ作らな。
日本橋ジャングルの位置を確認しサイトを精査しアレゲなお店であることを認識した。すごいぞ!あのマーシーと同じ舞台に立てるなんてッ!!(共学の新事実 誤字に深い意味は無い。今度下見に行ってこよう。
たぶん日本橋駅から歩いていったほうがわかりやすい。梅田からなら御堂筋線難波で降りて歩いていく手もある。個人的には道具屋筋をブラブラ通って行くのが好きだ。
やっと学会誌編集が終わりそうだ・・・.もっと早く回せないものか.段取りとか対外とか入ってくると化けの皮がはがれるよな>nagajis.
以前も書いたがつくづくシングルタスクだと思う.頭の中ではジャグリングしているつもりで実は,掌には一個の玉しか載っていない.みんな足元に転がしてあって,それが気になって気になって一つの玉さえうまく回せないのだ.群論なんてクソ食らえだ.
うろ覚えのままだったので再確認しに行ったら見事に事実誤認してた.T9に郡道昇格,うち五条-西吉野間は即県道昇格.残りはT9の旧道路法では昇格しなかったがT12郡制廃止に伴う変動でこっそり県道になっている(県道五条新宮線).S15に十津川風屋?~和歌山県境までの改修速成決議,村でも山を売って資金捻出したりしてる(S17).そのへんのことTRDBに反映せねばならん.
敗因は「十津川」コピーが吉野6・野迫川のファイルに綴じられていて見つけられなかったため...という体たらくを雪辱するために県議会史を援用するために府立図書館に篭っていた.だれも待ってないにちまいないが待たれたし.<-損をするのは畢竟自分だけだからな,事実誤認は.
しかし明日は役員会提出用資料を仕上げねばならぬ.約10時間でUPできるか?
毎月第3週水曜日はKINIAS幹事会なのです・・・無念
アンケート協力のお願い.奈良県教育委員会の依頼を受けて近代化遺産調査に協力させていただくことになったKINIASという団体.会員が調査委員・調査員となって調査にあたることになっている.(産業組合向け:近代化遺産とは何か.具体例.やや詳しく)
市町村:近代遺産総合調査すでにやっておられることと思う.本会も調査員として協力させていただくことになった.下調べとして昭和10年頃に発行された書籍から工場・鉱山・発電所等を洗い出している.「工場通覧」,鉱山監督局「鉱区一覧」,逓信省「発電なんとか」.これが現在も残っているか,または社名を変えて存続しているか.もしくはその遺構が残っていないか.知りたいのです.
残っている>調査対象としたいので渉りをつけていただきたい.もしくは貴市町村の調査対象に含めていただきたい(その場合本会会員が都合がつけば調査に参加させていただくこともできる)<-ちっとアレかな,他人任せかな.「いただきたい」だ
工場建屋,倉庫(機械も),付属施設(例えば専用の発電施設,上水施設など)=近代化遺産に相当.ものが残っていなくても当時隆盛を誇ったものの遺構であれば価値があるかもしれない.また産業の伝承施設があれば教えてほしい(例:野迫川村の高野豆腐伝承館).
組合:○○○○○発行のパンフレットより,貴組合の産業が戦前からあったことを知った.(近代化遺産とは).戦前から営業を続けている会社,中心的な役割をしてきた企業等あれば教えてほしい.古い何かが残っていそうなアタリがあれば教えてほしい.例えば大和高田の金魚養殖:養殖池の大なるもの・古いもの・由緒がある会社.カイゼンの歴史.本会から出向いて教えを乞うつもり.もしくは貴組合で歴史を記したパンフレット・資料・調査結果があればぜひ.
連絡先,移転しているようであれば現住所.書き込めるスペースを作る<これは見本で一つ.
返信先はどこ?事務局?(委員会から振り分けてもらう?)
ローソンで100えんだと思ってレジにもってったハンバーグがいっこ350えんもして泣きそうになった.戻すのも恥ずかしいのでそのまま買った.肉は牛肉,nagajisはチキン.
発行後からばたばたしっぱなしだ。今日もやらなければならないことがある。そして20日は神戸で臨時総会と研究発表と見学会。参加費500円で詳しい方の解説つきで神戸税関・生糸検査所などが見学できます。詳しくはリンク先参照。
KINIAS
漢字幹事会に出席する途上で発見。鉾流橋の北詰めを東へちょっと入ったところにある側溝で塵止めに使われていた。丸三耐火煉瓦は明治中期に興り大正中期に丸三筧耐火煉瓦となった会社。たまたま今読んでいる「日本窯業史」耐火煉瓦編にも出てくるのでとてもタイムリーな遭遇だった。いま現地に丸三耐火煉瓦株式会社があるので、再び元の名前に戻ったのかも知れない。この煉瓦にはSK表記がないので結構古いものかも知れぬ。
SKっていうのは「ゼーゲルコーン( Segerkegel) 」の略なのだそうだ。高温を定性的に測定したり耐火煉瓦の耐火度を試験する時に使う指標で、標準材料でつくった三角錘と煉瓦素地で作った三角錘を同時に加熱して、素地の三角錘が軟化変形する時のゼーゲルコーンの番号がSK番号になる。番号が大きくなればなるほど高温度に耐えられることになる。ゼーゲルコーンで耐火度を計ることは明治時代から行われていたが、煉瓦に刻印することはあまりなかったようだ。
ついでながら、今さらになって「ヒストリア」(大阪歴史学会)の昨年の号に大阪奈良の煉瓦の研究が載っていたことを知った。(231):2012.4。これはぜひ見に行きたい。
グーグルが「Google Glass」( ウェアラブルコンピュータのようなもの)を作って予約者への販売を開始したという。しかし買った本人は何に使ったらいいかわからなくて困っているらしい。もったいないことだと思う。
ここはぜひとも対面相互ブロック(仮称)をなくすアプリを作っていただきたい。 対面相互ブロック(仮称)とはたった今てきとーに考えた造語だが、要するに道を歩いていて向こうの人とすれちがうときに同じ側に動いてしまいあまつさえ2度3度と同じことをして気まずい思いをするあれである。画像処理技術で体型からおよその体重を計算し動きから加速度とそのベクトルを計算しついでに平均的な反射神経力能力のデータから次の瞬間に相手がどちらに動くかを予測してGlassに表示するのである。それとは逆のほうに動けばいい。自分が動くべき方向も表示されるとなおいい。 その表示に瞬間的に反応して動けるよう訓練する必要があるが。
目標は地下鉄谷町筋線東梅田駅から阪急百貨店前コンコースにあがるまでの最混雑地帯を歩みを止めずに抜けられるようになること。
車輪の大発明中である.お陰で不明刻印を二三つ同定した.
単体のと統合版のとでラジオボタンの数値が違うってどういうことやねん。
修正したのに503であげられへんちゅうのはど(ry
拡張子の「.pdf」が「.pdf」でもリンクが正しく機能していたらしいのはど(ry。これチェックしてなかったわけじゃねえんだけどな。ちゃんと動いてた。
ああ、なるほど・・・第一引数はORJ_noしか見ておらなんだな。拡張子以下はあってもなかってもどっちゃでもえかったんや。
var foldername=inv1.match(/ORJ_[0-9]*/);
var wccheck=inv2.match(/ORJ_[0-9]*_?[0-9]*?.pdf/)
でもまあ気持ち悪いので修正をしておく。ORJ_1511のほぼ全部、以降のORJ_1511へ張ってあるマゼンダリングのある号は修正。今号除く。
onかも知れないがまあいいや。しばらく触ってなかったのでアップデートしてみた。とりあえず目についたのをあげただけなので細々としたのが抜けていると思う。刻印名称が不統一だったり構造物の建造年が書いてなかったり写真がなかったりするのもあるからこれが即役立つわけでもないだろう。あくまで個人の覚え書きだ。
Googleフォトにあげた写真をマイマップに貼り付けることができるようになっていたのは有り難い。過去の写真もちゃんと残ってるんだろうか。600なんじゅうまいも良く撮ったもんだ。
TYKの耐火レンガってどこだっけ・・・中部を作ってた時に見た気がする。東海窯業株式会社?東洋耐火煉瓦?
貝塚の内陸部の工場跡をほっつき歩いていた時に撮っていたもの。撮影した場所を思い出せず。Tが目立つのでTYKかと思っていたらYがSに置き換わったような配置のマークを昭和耐火工業が使っていた(「耐火物年鑑」S15)。どっちだろうな。。。
今日はTさんのお誘いで大津で見つかった中川煉瓦の刻印と思われるものを拝見しに行った。これについては後日詳報するとして、その後単独行動で歩いた時にもなかなかな収穫があったから、そちらのことを書き残しておくことにする。
まず、大津市街の廃町家の一角で初見の煉瓦刻印に遭遇した。大ぶりの○に「甲二」「甲六」とあるもので---写真は後者、「甲」の字に粘土が被って読みにくくなっている---、地理的に蹴上の○印を彷彿とさせた。厚75mmを超える分厚さも特徴的で、随分古いもののように思われる。とりあえず確保したというばかりで工場のアテ等はついていないのだが、記録に残っていない初期の工場か、滋賀村にM42前後のわずかな期間だけ存在した楠江煉瓦工場のものかも知れない(あ、これもクなんだな)。
そこから京阪浜大津駅まで歩き、膳所本町へ。あわよくば膳所監獄の煉瓦をと思って訪れたのだけれども、ここでも初見の刻印に出会ったばかりか、焼損煉瓦を使った壁に遭遇したりした。長屋門的なものまで煉瓦で作ってあるという本格的なものである(この門のところと壁の天辺だけ機械成形の製品煉瓦を用い、それ以外は「超」のつく焼損煉瓦が積まれている。どれも相当にゆがんでいるうえ目地の仕上げも雑なのでお世辞にもきれいとは言い難いが、ここまで徹底的に焼損煉瓦を利用しているのはまあ珍しいかも知れない。近江八幡のヴォーリズの壁はどうだったろう?門柱だけとか壁に埋め込みとかだったような気もするな。いや大きな壁も見たっけか)。
この門は南大手門跡より浜側にあって、当初はこれが膳所監獄の?と思っていたのだけれども、そこから南へ進むほどに同類の焼損煉瓦壁の民家を見、思い直して工場表を再確認すれば、なんの事はない江州煉瓦の膳所工場があったのだった。最初に見つけた一壁は天辺に○Gがあったりしたし。この○Gには「18」らしい添え印があったりもして興味深かった。江州煉瓦で添え印があるのは初めて見た。
初見の刻印は小判型の中に「ク二」とあって、おそらく膳所江州の前身の黒川煉瓦工場のものだろうと思う。ひょっとしたら楠江かもしれないが、黒川氏の工場は先に山田村(現草津市)にでき、その後膳所にもできているので、第二工場の意味の「二」なんじゃないかと思った。そこはまあ楠江の内部識別符丁二でもありえるのだけれども。何しろ統計で一度しか出てこなかったし大津では見なかったしな-。山田村の黒川工場は大阪窯業時代を経て江州煉瓦山田工場となった(S4)。膳所の黒川工場はT9頃。いずれも長くは続かなかったがその痕跡はこの通り残っているのだった。
焼損煉瓦を使った壁の中でも横田眼科のそれが上手い。ふくれた平を表に見えるように積んである&似たような膨れ具合のものを揃えてあるのでそこそこ見栄えがする。
そこからさらに東へ。瀬田には大萱田中煉瓦工場があった。明治17年創業とされる工場で(ただし17-42の間ずっとやっていたとは思えず。後述参照)住所も瀬田村大字南大萱とわかっている。
いま現在の地図で「南大萱」を検索すると随分山手のほうを示されてしまうけれども、種々観点から考えてそれはないだろうと思い、探索範囲を駅北方に絞った。その勘は結果的には大正解であった。いまの大字大萱は草津の大萱と区別するために明治7年に南大萱と改名されていたと、大萱会館の前に建っていた標柱が教えてくれた。
細路地が自由闊達に伸び廻る大萱二丁目の一帯から、丘陵の裾の五丁目字浜口まで、かなり仔細に歩き回った。しかしこれといって煉瓦が目立って多かったわけではなく、あっても○Gか無刻印の手整形ばかりだった。17年からずっと作り続けていたらもっと見つかってしかるべきだろう。もう一度原本から見直さなければならないかもしれない。
とはいいながら、日が落ちる寸前のところでようやく刻印煉瓦に遭遇した。しかもこれも未見の一個だ。
一見ただの貝塚煉瓦。しかし井桁の中に「カ」と入っている。貝塚井桁菱に添え印が入っているのは見たことがない。井桁菱にKはあるけど(しかもKもカでありえるのだけれども)。実は逆さまで4なのかも知れないと思ったりもし、讃岐煉瓦を連想しもしたが、違う違う、あれは松葉菱だ。
この煉瓦も厚77~78mm≒2.5寸に達するデカブツ。今日は規格外にばかり縁があるようだ。手整形で質感は古め、似たサイズの煉瓦をそこから駅まで向かう間に2個見たけれども、そちらには刻印は無かったし、同サイズのは結局その3個だけだった。このエリアで優勢なサイズというわけでもないらしい。全く謎である。
総じて、滋賀はまことに江州煉瓦一強という印象。大阪窯業や岸和田煉瓦さえ見ない。いや窯業は一個あったっけ、それと何故かACID PROOFが1つ。大津でも見る煉瓦見る煉瓦機械整形の○Gで見飽きるほどだった。比較的遅くまで操業していたというのが最大要因だろうけれども堺系の煉瓦がここまで侵食し得なかったとは思っていず意外な感じを受けたことだった。逆に言えばこれだけ大量にあることが即ち強力な浸透圧となって京都奈良大阪吹田くんだりまで溢れ出てきていたのだと理解される。堺亡き後の京阪神奈の需要を満たしたのは江州だとか印南郡だとか広島だとか讃岐だとかいった周縁部の煉瓦なのだ。
受水井 長さ1.3m 幅2.4m 深さ3m 煉瓦造り
沈殿池 長さ100m 幅72.7m 平均水深4.85m 4池 側壁コンクリート、水に接する面は焼き過ぎ煉瓦
濾過池 長さ55.2m 幅45.8m 8池 構造沈殿池と同
量水池 長さ16.2m 幅4.1m 深さ3.6m2池 構造不明
城内配水池 長さ60.6m 幅30.3m 平均水深4.85m 3池 濾過池と同構造 12個の煉瓦造りアーチ型覆蓋12個 これらを煉瓦造隔壁11条 隔壁に8個のアーチ型空所
M28.11通水式
起工25.8.1城内配水池 9.23水源地
97-100
_ iso [POS、まだ書くようになって3年なんですね。言葉は元からあったんだと思いますが。さて軌道敷設費、時期(建設開始とか竣工とか)がわかればいくつか比較できる資料があるかもしれません。ないかもしれません..]
_ nagajis [あー!ありがとうございます.近日中に資料をお送りします.大正元年申請(山上電気鉄道は二年)で,その年のうちに不許可になった物件でございます.]