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旧道倶樂部録"

nagajis不定記。
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2006-10-20 作業報告 この日を編集

[ORJ] 槇木沢up

 これですべてだ。

 リンクが大変だな。明日はお休みかも。。。


2008-10-20 目的と目標は違う この日を編集

[独言] 目的と目標は違う

ちっと調べてみたがそうなんだそうだ。意識したことがなかった。

実はそもそも言葉の定義なんてどうでもいいと思っている。方言に共通語と比肩する、いやむしろ共通語よりも尊い価値があることと同じで、基準は基準としてあるべきだがそれを守らなければならぬ義務は実際のところこれっぽっちもない。「正しい日本語」なるものは自分が恥をかかないために覚えて使い自分の感情を当たり障りなく表明してなあなあのうちに自己をニホンジンのなかへ紛れ込ませようとするためにあるのではないかとつねづね思う。それは言い過ぎかも知れないが恥をかいたり意志伝達に失敗したところで損を被るのは自分である。いくらでも損してやるさ。

畢竟、(゜∀゜)やm9(^Д^)やwを使うのも共通語的な価値が便利だからというそれ一点に尽きる。それで心の襞まで表明できたと思い満足するならそれで充分なのだろう。あるいはわざと用法を間違えて自身を貶めるか、だ。

ということをここで表明しさらに渾沌へと誘う。果たしてnagajisに価値ありや否や。たぶん否。きっと否。そうでないと思っているのはnagajisだけで包囲網はすでに出来上がっているんだろう。

…出発点からかなり遠い所に着地したな。K点越えだ。

[ORJ] 寄稿アリマス

そうして唐突に業務に戻る。ここにまで日本語のnagajis独自拡張を持ち込むつもりはない。念のため。

zwiebelさんから寄稿をいただいた。pdfでの寄稿だし内容も非の打ち所がないので間違いなく次号にはお届けできるだろう。ちょっと欲を出してあれこれしているうちに時間が過ぎてしまった。少々お待ちを。

そういえは北海道の旧廃道ネタというのはまだ取り上げたことがない。個人的にも一度行ったきりで深く知っているとは言い難く(そのくせ廃道本で取り上げざるを得なかったのは内心忸怩たる思いがする)、寄稿も興味深く拝見した。余計な知識がいろいろ増えた今、もう一度北海道へ行ってみたく思う。アンケートでも以前にそういうコメントをいただいていたしな。

[ORJ] 旧橋デザイン変更を目論む

以前に(はるか以前に)TUKA氏に提案されていた旧橋のデザイン変更に今さら取りかかる。理由はない。

「絵巻に見る道路と交通の歴史」土史6P85-91を参考に書き始めてみたが、書き終えたところでドツボにはまってしまった。単純なベクトル線にすると味気ないし、かといってブラシで筆書きっぽくしたらこの部分だけで200kbくらいになってしまう。軽さがウリであるサブ企画にしては贅沢すぎるだろう。一枚画にすると今度は細部が潰れてアラしか残らない。うーむ。没かも試練。それにそもそももっと書き込まないと現状では中途半端にスカスカだ。

大人しくいまのパターンでトラスとか桁とかにしたほうがいいんじゃね。今回作成したのだと、色で変化をつけるということもできない。

なお次回は愛知県城嶺橋を予定している。四条大橋のセセッション風を継承するもの、とは愛知県近代化遺産調査報告書の弁だがあんまりそうには見えない気がする。城嶺橋のほうがはるかに上等な何か別のあるものだ。

[] 地図をコピーする

この道が2重線で描かれている地形図は初めて見た。昭和48年測量の第一版。飯台の図書館にあったものは実線道だったから60年代の修正版だったんだろう。高々35年であんなにズタズタになるものなのか。

舗装や石垣工のなかった昔は毎年春になると雪で破損した山道を補修することが村の最初の共同作業だった。そうやって道を作らなければ暮らしていけなかった。その時代に戻れと言う訳ではないが認識として忘れたくない史実である。

[] エロマンガを買う

なじみの古本屋で初めてエロマンガを買ってみる。これといって理由はないしわざわざここへ書く必要もないのだが取り巻く環境をいろいろとブッ壊してみたくある昨今である。

むしろ一緒に買った高取正男著「日本的思考の原型」のほうが有益であった(店の主人もそう薦めてくれた)。この本のなかに「カッタイ道」のことが出てくる。不治の病(とされていた病気)に冒された者が人目を避けて辿ったというもう一つの四国遍路道である。柳田国男もそんな道があることを書き残している(「山の人生」かその収録巻だったか?)。カッタイ道・カッタ道は「旅と交通の民俗」でも触れられていたが、この本も「日本的思考の原型」もともに宮本常一の「忘れられた日本人」を参照している。結局は2つしか出典がなく、そのどちらも道筋を明確に示してくれるものではない。そういう意味においては儚い幻のような道である。ただ存在したことは間違いないようだ。

今号のTRDBもそうだが、道は決して美談や喜劇憚ばかりで出来上がっているものではない。あかるい一面ばかりを取り上げてことさら美化するのも−−−ブンガク的にはあり得るかも知らぬが−−−つまらない視点だ。かといって厭世感に満ちた記事なんて誰も読みはしないだろうし書く側も息が詰まる。いつまでも自己批判していては先に進めないというのもある。今すぐにはかかれないだろうが記憶に刺さった棘として残しておこう。着手はもう少し資料が揃ってから。

ついでに読評。導入の茶碗の所有権の話はいかにも自然でわかりやすかった。自分の茶碗、自分の箸という意識は明治以前のもので、明治になって西洋から入ってきたもの(おかず皿やフォーク・スプーン等)にはそれがなく、そもそも日本よりも個人主義的である「とされている」西洋には食器の所有者という意識がないという指摘は、ちょっと瞠目した。しかも食器所有の意識は近代化の過程でことさら強調されたものである云々。明治以降に育まれてそれがあたかも古来日本の当然のしきたりのごとくに勘違いしていることが何と多いことよ>nagajis。京都の鍾馗様の由縁もわかってちょっと得した一冊。

念のため断っておくがエロマンガの読評はしない。そこまで思慮のないnagajisではないつもりだ。

[] 部録"移動

旧サーバへ移転。かなりドツボった・・・。他のも移そう、あとで。

移転完了。categoryプラグインを使っている場合はデータフォルダのcategoryやcacheを削除する必要がある。

いろいろ馬鹿馬鹿しくなってきた。頭が痛い。寝たい。

本日のツッコミ(全3件) [ツッコミを入れる]

_ ツッコミテスト [テスト。]

_ ツッコミテスト [テスト2]

_ ツッコミテスト3 [テスト。]


2011-10-20 この日を編集

[絵葉書] 初三郎矢之川峠

画像の説明漸く一息ついたので記念に一枚。初三郎の描いた矢ノ川峠。

ずいぶん思い切った構図ではっとさせられるが、矢ノ川峠の特徴をうまく捉えてあると思う。峠を知っている人ならどのへんなのかすぐにわかるだろう。ただし右端に描かれた隧道は現実には存在しない。道が南谷を登り上げて尾根筋に到達してからは隧道はないからだ。谷もここまで深くもなかったような気がする。

[絵葉書] 初三郎大杉峡谷

画像の説明ついでにもう一つ。大杉谷峡谷。どの辺りだろうか? 谷沿いはあまり歩いていないのでピンと来ない。もう少し大杉谷らしいシーンがありそうにも思う。

それでも……右端の人の小ささから世界の奥行きが感じられる。そうそう、深遠壮大なこの谷の中では人の存在なんてこれっぽっちなんだよな。

初三郎絵葉書はこれとこの間の鈴鹿峠、あと桑名の七里の渡しがある。桑名はフツーの浮世絵だからパスしておく。

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]

_ ocoze@三重 [スキャンかたじけない。大台か南アルプス並みの厳しさに誇張されておりますが,旅心を刺激する絵ではありますな。最近,伐採により旧旧道の一部があらわになっております。大杉谷の方は,どこか判りませんが,今..]

_ nagajis [いい意味でも悪い意味でも「人と自然の戦いの跡」ですね>廃道。そのうち自然が勝つだろうから心安く見ていられます。]


2013-10-20 この日を編集

[ORJ][独言] 言えない

言えない…最後に作業したpdfをアップし損ねてたなんて、尻が裂けても言えない……

[独言] ハロウィン

画像の説明帰宅時のひとこま。商店街に向かっている時、近くの公園でハロウィン仮装パーティーが催されているらしく、仮装衣装に身を包んだ子供とすれ違った。公園には先着組がいて衣装の見せ合いっこをしていた。異国の祭りであり商業主義に踊らされる祭りだとしか認識していなかったのだが、それがいつの間にかこんな身近なものになっていて驚くと同時に、「まあ、悪くないな」と思ったりもした。

子供が常ならぬ衣装を纏ってTrick or Treat。考えてみれば日本にも似たような風習はあった。地方によって呼び名は違うが、確か「コトコト」とか「ホトホト」とかいったはず。子供らが神の使いに扮して地域の各戸を巡り、唱えごとをしたり豊作の予言をしたりして、その御礼にモノをもらう。悪魔か神かという違いだけだ。

「カセドリ」もそうだったんじゃね?と思って検索したら、こちらは独身男性2人組だった。子供にしろ青年にしろ、そういう神に成り代わって訪問する行事は数多く存在した。仮装をしなくても、子供が神の憑り代となって神託をする---あくる年の豊作・豊漁であったり、村の住人の悪事を暴いたり---というのも多い。名前はいちいち覚えてない。

もちろん子ども自身が預言をしたり悪事を見抜いたりしていたわけではない。そういうふうに言えと大人らが言い含めていただけだ。子供の口から発せられることに意味があると考えられていたということ。

以前は子供が中心となる祭りが多かった。葵祭の稚児然り。亥の子打ち然り。ハラメンボウを振り回して既婚女性の尻を叩いて回る、みたいな乱暴も許された。時代が下り、回り回って米国版子供行事にその風習が再発露したと考えると、それなりに腑に落ちる。


ハロウィンは子供がやるから許されるのだ。これが大人だったらタイヘンなことになる。なまじっか英語知識があるとなおさら危険。orとandと言い間違えたら

お菓子をやるからいたずらするぞ

だ。変質者以外の何物でもない。

[煉瓦刻印] 松本煉瓦@弁天町

松本煉瓦刻印@弁天町波除5丁目の住宅の舗石。機械成形だと思って見過ごすところだったがたった一つだけ刻印が見えていた。○にMのシルエットがよくわかる、刻印見本のような一瓦。

[煉瓦] 大阪窯業舗装用煉瓦(後期型)

大阪窯業舗装用煉瓦九条の商店街の外れに一個だけ転がっていた。『大阪窯業五十年史』に写真入りで掲げられているやつで、四角柱の平の面?には何の加工も施されていないかわり、小口に大窯マークが入っている。モルタルに塗れていて判別しにくいが。 画像の説明


2014-10-20 この日を編集

画像の説明

擬似立体視ができると思ったらキモいだけだった。

本日のツッコミ(全3件) [ツッコミを入れる]

_ あきら@大阪 [先生!これアカンやつや!w]

_ nagajis [うん、何度見てもキモい・・・酔いそう。]

_ ゆうさん [地震みたいだ。 立体的に見えなくもない。 でも不安定さが勝ってしまう。]


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