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旧道倶樂部録"

nagajis不定記。
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2008-09-15 しばらくお待ちください この日を編集

[ORJ] 29号作業中

最終チェックのためwait。今晩には発行します。少しお待ちを。

やはり廃道本×2に加えてORJを作らなければならないのはしんどかった。前号の記事数を維持するのがやっとだ・・・。FLASH公開しないでよかった。

廃道本の原稿ももうすぐ終わるし、OFFネタも今回で終わりだから、次号から探近土や北摂線描など中ネタを増やしていきたい。また、その後にナニをするかも、な。

[廃道本] 初校チェック

実はケツカッチン。今日明日で仕上げなければ…。そろそろ真面目な宣伝も始めなければならない。といってもどう真面目に宣伝するかは考えていない訳だが。

追記。なんだこれは(汗 泣きたくなつちまうやうな酷い文章だなこれは、と思いつつ、そして泣きつつアカ入れしている今12時。おれはやっぱり文才なんてないわ・・・(今さらゆーな)

[土木デジタルアーカイブス] 「酷道」「腐嶮道」初出

突然だが「酷道」「腐嶮道」というワードは昭和7年には既に存在していた。道路の改良14巻1号「河童の寝言」より。

http://library.jsce.or.jp/Image_DB/mag/dokai/pdf/14-01-0321.pdf

探せばもっと古いのがありそうだ。


2009-09-15 この日を編集

[独言] 特濃もう少し

ポップアップが多いと時間を食う・・・みたいな話はtwitterでぶつぶつ言っとけってか。

[独言] 追記

特濃おわり。これから東熊野にかかる。というわけで本日中に発行は無理ッス>皆様

息抜きに今月の煉瓦を作ろうとしたら重要なコピーが見つからない・・・てけとうに誤魔化してupしたが20/30日に必要になるはずなんだ。どうしよう。元の資料の名前も控えてないぜ。

どうせならとことんテキに回して自滅してしまいたいものだ。そういうのがお似合いだ>nagajisとかナガトミとか

[独言] おおいつのまに!

トリ姐さんが復活しとーる!

などと書いて全力で釣ってみるテスト。さぼってるんじゃないよ、息抜きだよ……。

本日のツッコミ(全10件) [ツッコミを入れる]

Before...

_ imola [釣られて、姐さまのサイト見に行っちゃいました。]

_ えも [上に同じく釣られました(爆)]

_ nagajis [私がトリ姐さんっていったらあの人しかいないじゃないですか。 変な想像はやめていただきたい(偉]


2010-09-15 この日を編集

[ORJ] ふう〜

_日を跨いでいないがひとまず一息つける状態になったので15日ということにしておく。いつものことである。発行は15日夕方ということで〜。

そうだな、9月末に弾丸列車という手もあるなぁ。これはかみさまの動向による。それまでに宿題を2、3片付けておかないと。

[ORJ][web] 勝手に計画

ORJと廃道をゆく2の独自アフィリエイトをすればいいのではないか。リンクを張ってもらって1ビュー0.1ポチント。400ポチントで一号無料。読者登録は必須。購入に至ったかどうかまで判断しているときりがないので多分無理。

1pv0.1ptってのは高率過ぎるかなぁ。高率過ぎるなぁ。0.01pt? あるいは1カ月の上限を設ける? 1カ月間の販促期間!ということでこの高率でもよいかも知れない。このへんは編集部と要相談。要するに沢山露出しなければなと思う。

Tactics

ユーザーの識別方法。あまり凝ったことはできない。せいぜいユニークユーザの識別くらい。できるだけクエリ一発で仕上げる必要ががが。一日一回cronで集計。集計はログインページで見られるようにする。サーバが持つかどうかは……保証できんな(ヲイ

ねる@AM2:51。この48時間くらいしか働かんからなワラ

[独言] 組み合わせなしか

どっちも火種なんだし、意外と膨れてしまったし、その広告とこの広告と組み合わせなくてもいいか。ということになると告知もはんばいも1カ月先延ばし〜。また余計なの追加しそうだな。

しかしそろそろ次の原稿とかあれとか処理しとかないと。アヒとかするならさらに時間なくなるよ。

やあ重い重い。いつものあれだな。

[] 構想・高僧・公葬

展開方法を工夫しないと。またデザインネタが尽きつつある。nagajisが文章メインなのは売り上げに関係しないので放置。拍車ってカウボーイのブーツのかかとについてるやつなんだってね。日本にないものなのに日本語になっててしかも漢字なのはちょっと面白い。(ははー英式なんてのがあるのか。じゃあ明治だなあ)

次回廃毒のつもり。フォーマットとして残すためだけの記事。溜め込んだので長くなりそうな予感がするが、たぶん実際はさらっと終わる。『石垣』の受け売りでしかないからなぁ現状。新しい知見を盛り込めたり得られたりするものではないと思う。とはいえまとめ記事は有用か。50いくつも出した割には必要なのは1/5+1/5なのだから、それまとめたらあとは洋梨なのよ>nagajis。

考えてみれば次回でもう3/4だ。早いものだ。何の進歩もないまままた今年が終わるのだろう。そういう人生なのだから諦めたらどうよ。毎月15日前後にぎゅうぎゅう言って、それで全てのようなもんなんだから。5年もやって何にも変わらなかったなあ。

『石垣』の紹介。例のごとくの導入。一から考える。積む手間、はつる手間・合わせる手間・重労働。技術の粋。積み方の違い。年代が〜という根拠・絶対的ではなく相対的に。煉瓦とは違う、不定形の組み合わせであることの難しさ。うまく表現できるかな? 大立岩・烏帽子岩は備前石工の例として。本当は服部人造石の例がほしい・・・どなたかご提供いただけまいか。

余裕のある日ははやめにhistoryも書き直すべし、やな。トップ下にあるっていうのに誰も気付かんからな。何のために縦に伸ばせるようにしてるかわからんが。

さあ!包囲網完成!

で何で直接こっちに言いに来ないかなあ。おれは作業員でもないってことか。はは。

[][企画] 2月着工/竣工

2月らしい写真がねえな。。。金ヶ崎も新和歌もいまいち。

4月もいまいち季節にそぐわない。桜とはいわないまでもせめて何か花がほしい。釜トンでは暗すぎる。

するのにねえ。

裏面3枚は変更の余地有り。せっかく解説なしでベストなポジションを思いついたのに説明を入れるのは野暮だ。むしろ出典を明らかにしておくほうが良さげだ。全部見つけられるだろうか?

1枚は宣伝に使うか...何故か奥付という手もあらむ。JIS男は使わない。そこは写真集と揃えよう。

そうか、道路トンネル大鑑から採る手もあるんだなあ。しかしそうすると収拾がつかなくなるか・・・。


2011-09-15 この日を編集

[独言][ORJ] つかれた

某都民とOSCAをヘビーローテーションさせつつ9時間ぶっつづけでなんとかあげた@AM3:30。pdf一式を。まだチェックと統合版とアンケートとDLページが残っている。発行は夜か・・・

[D] 6/14

何かすごく印象的な夢だったんだが朝方蚊に刺されキレ気味に目覚めたため細部をよく覚えていない。断片的ながらメモしておく。

・そこそこ知られた廃隧道?なのだが写真を撮る目的で行ってみようということになる。

・そこには何故か高校大学の同級生がいて一緒に探索することになっている。苦手なあいつもいたりするが最初にちらと見かけただけで終わる。

・入ってみるとそれは廃隧道ではなく何かの遺跡の如き地下構造。壁と廊下があり窓?があって……それが「ロ」の字につながっている。しかしこれが古代遺跡だという事前情報はなかった。ひょっとして世紀の発見?

・外に出て近くの民家の人に聞いてみる。するとどうだ、実はこれ、アイヌの秘宝を収めた地下神殿なのだという。尋ねた古老が実はアイヌの血を引く由緒正しき長であった。だんだん話に熱が入ってきて、こちらも真剣に話を聞く。気がつけば町の人総出の歓待になっている。

・話を総合すると、球形に掘られた地下にロの字×3階建ての神殿が収まっているという。自分達が探索したのはその最上階に当たる所だけだ。それより下は水没していた気がする。2階1階に何かありそうな気がするのだが排水する方法がわからない。

・その後何かひどく悲しいイベントが発生。そして場面はその町から離れる電車に乗ろうとするシーンに移る。ものうげな夜の繁華街。その電車が車止めを突き破って暴走しビルに激突するところに居合わせてしまう。「何でこんなひどいことばかり起こるんだ!!!」と憤慨する自分。

・この電車を何とかしようとする(あるいはこの電車に乗らなければひどくまずいことになるので焦る)ところでフラグメンテーション。フェードアウト.

結局写真はどうなったんだ.

アイヌの長と話をしている時に,彼らを日本人と違う別の文化として接するべきなのか.そうでないのか悩んで,言葉遣いがあやふやになったのをはっきり覚えている.「アイヌの・・・アイヌの人の? いや,あなたがたの財宝の……ぼそぼそ」.現実生活で尊敬語を使うべきか謙譲語を使うべきか迷ってモゴモゴ言ってしまった時の情けなさとそっくり同じだった.夢のなかでも同じ事をしている自分に幻滅した.別にこれは相手がアイヌびとだからではないと思う.天皇陛下と話をしろって言われたら同じように口篭る自信がある.

[コアダンプ] なるほどな

探索がしたいんじゃなくて,何かしなきゃいけないこと・追求しなきゃいけないことをでっちあげて気を紛らしておかないと怖いのだ.そうやってよそ見をしておかないと現実に気づいて愕然としてしまうんだ.ただ何か用を作って先延ばしにすることが人生だあたら,そりゃー行き詰まるわなあ.現状ではそれ(しなきゃいけないことがあること)を目標とは言えない.夢であるはずもない.ただ単に目の前の興味を追いかけているだけだ.

生きて何か楽しいことをしたいんじゃない.惰性で生きたいわけでもない.じゃあどう生きるのって考えるために,何か目標を持たないといけない.例えばそう,一食の食費に窮々しないて済むくらいの収入を得る,とか,人らしくなるとか,さ.いつまでもピエロ役で我慢できるんなら別だけど.

ここで「どちらでも良い」っていうセリフが出てきたのはヘビーローテーションの所為だな.なんかトカトントンみたいだが,それ受容し切ってしまうっていう解決方法もあるんだぜ太宰先生.

[奇妙なポテンシャル] #251

画像の説明先日知ったことだが梅田スカイタワーは綿密なコンセプト(ストーリー)に基づいて設計されているそうだ.空中庭園のところに空いた穴は地面から飛び出した宇宙船が突き抜けていった穴で云々,その設計図もあって西側の塔の一階の壁に描かれてるかんぬん.確かそれが各所の細かな意匠の基本パターン?ひな形?になっていたはず.

そういうのを知って眺めれば「なるほどなあ」という感じになれる.ここで「だから何?」と思ってもいいわけだが,意図を汲み取ってあげたほうがいろいろなものが見えて面白い.ここがこうなっている理由とか,じゃああそこもそうなんだ,とか.国語の問題を解くのと同じだ.その意図や意図の表現が自分の感性と合わなくてもいい.作者の考えていることを読み取って,そのうえで目の前にあるものが作者の意図したものを表せてるかどうか考えて批評してみるのもいいだろう.

逆に,作者の意図を隠して,出来上がったものだけポンと提示すればどうだろう.宇宙船云々の説明なしに梅田スカイタワーを見た場合.人それぞれの解釈がさらにカオスな事になって面白いだろう.何も知らなかった自分はずっと,梅田スカイタワーはロボットの足だと思っていた.大阪が非常事態に陥った時には大阪城が浮上して梅田スカイタワーと合体し,超巨大ロボになって戦ってくれるものと信じていた.そういう発想があってもいいと思う.

なお#251だからニコイチの話をしたのではない.つうかよくそんなに沢山くだらんことを考えられるな,nagajis.

[ORJ] 発行ッ

特濃!の無料公開分があったのを忘れていた・・・きっと忘れるだろうと思っていたらこのザマだははふ。ポストイットにメモしてディスプレイのどまんなかにはっとくとかしないとだめだな、この鳥頭はっ!

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]

_ 佑有子 [nagajisさんの撮った写真も普通に見てしまえば「1枚の絵」です。 でも”影の写り込みを考えて何枚くらい撮ったのかな” ”発色が気に入るまで更に何枚撮ったのかな” ”撮ってる時にお腹空いてるの我..]

_ nagajis [件の写真は下からみた時に風景が鏡合わせになってるのが面白くて撮りました。お腹はへってたかなあ。いつも減ってるけど。 こう見えても結構な難問ですよ! 恙無く暮らすことって。]


2012-09-15 この日を編集

[][奈良近遺調] S16 奈良県告示第三百八十四号 2600年事業県道

「奈良県報」昭和16年7月8日(第2149号)より。旧漢字カナを新字かなに変更。体裁を整える改行、句読点は適宜修正した。10/1のGMAPも参照。

奈良県告示第三百八十四号

府県道路線を左の通認定、変更、廃止す

昭和十六年七月八日

奈良県知事 山内 逸造

一、畝傍停車場橿原線高市郡八木町畝傍停車場より橿原神宮に達する路線
起点 高市郡八木町省線畝傍停車場
経過地 府県道八木今井線、国道十五号線(高市郡畝傍町大字四条に於て分岐)
終点 高市郡畝傍町大字久米 橿原元標
一、橿原神宮停車場線橿原神宮より橿原神宮停車場に達する路線
起点 高市郡畝傍町大字久米  橿原元標
経過地 府県道橿原高取線(高市郡畝傍町大字久米に於て分岐)
終点 高市郡畝傍町大字久米 橿原神宮停車場
一、今井畝傍線 高市郡今井町より同郡畝傍町に達する路線
起点 高市郡今井町大字今井 元標
経過地 国道十五号線(高市郡畝傍町大字四条に於て分岐)畝傍停車場橿原線(高市郡畝傍町大字大久保に於て分岐)同郡同町大字御坊
終点 高市郡畝傍町大字久米畝傍町(元標ヌケか)
一、岡橿原線 高市郡高市村大字岡より橿原神宮に達する路線
起点 高市郡高市村大字岡 元標
経過地 府県道岡畝傍停車場線(高市郡高市村大字岡に於て分岐)橿原高取線
終点 高市郡畝傍町大字久米  橿原元標
一、神武天皇畝傍山東北陵畝傍御陵前停車場線 神武天皇畝傍山東北陵より畝傍御陵前停車場線に達する路線
起点 高市郡畝傍町大字洞、神武天皇畝傍山東北陵前
経過地 畝傍停車場橿原線、今井畝傍線
終点 高市郡畝傍町大字大久保畝傍御陵停車場
一、安寧天皇畝傍山西南御陰井上陵橿原神宮西口停車場線 安寧天皇畝傍山西南御陰井上陵より橿原神宮西口停車場に達する路線
起点 高市郡畝傍町大字吉田、安寧天皇畝傍山西南御陰井上陵前
経過地
終点 高市郡畝傍町大字池尻、橿原神宮西口停車場
一、懿徳天皇畝傍山南繊沙溪上陵橿原神宮西口停車場線 懿徳天皇畝傍山南繊沙溪上陵より橿原神宮西口停車場に達する路線
起点高市郡畝傍町大字池尻懿徳天皇畝傍山南繊沙溪上陵前
経過地 安寧天皇畝傍山西南御陰井上陵、橿原神宮西口停車場線
終点 同郡同町大字同、橿原神宮西口停車場
一、孝昭天皇掖上博多山上陵御所停車場線 孝昭天皇掖上博多山上陵より御所停車場に達する路線
起点 南葛城郡大正村大字三室、孝昭天皇掖上博多山上陵前
経過地 府県道高鴨御所線(南葛城郡大正村大字三室に於て合接)国道十五号線、府県道御所停車場線
終点 南葛城郡御所町省線御所停車場
一、孝安天皇玉手丘上陵御所線 孝安天皇玉手丘上陵より南葛城郡御所町に達する路線
起点 南葛城郡掖上村大字玉手、孝安天皇玉手丘上陵前
経過地 府県道御所高取線(南葛城郡掖上村大字茅原に於て合接)同下市御所線
終点 南葛城郡御所町元標
一、孝靈天皇片丘馬阪陵王寺停車場線 孝靈天皇片丘馬阪陵より王寺停車場に達する路線
起点 北葛城郡王子町大字王寺、孝靈天皇片丘馬阪陵前
経過地 府県道勢野高田線(北葛城郡王寺町大字王寺に於て合接)同龍田王寺停車場線
終点 北葛城郡王寺町省線王寺停車場
一、孝元天皇劔池嶋上陵橿原線 孝元天皇劔池嶋上陵より橿原神宮に達する路線
起点 高市郡畝傍町大字石川孝元天皇劔池嶋上陵前
経過地 府県道奈良和歌山線(同郡畝傍町大字見瀬に於て合接/同町大字石川に於て分岐)
終点 高市郡畝傍町大字久米 橿元元標( 橿原元標の誤り)
一、崇神天皇山辺道勾岡上陵柳本線 崇神天皇山辺道勾岡上陵より磯城郡柳本町大字柳本崇神天皇山辺道勾岡上陵
経過地
終点 磯城郡柳本町元標
一、垂仁天皇菅原伏見東陵尼ヶ辻停車場線 垂仁天皇菅原伏見東より陵尼ヶ辻停車場に達する路線
起点 奈良市興福院町、垂仁天皇菅原伏見東陵前
経過地 府県道北倭奈良線
終点 同市同町、尼ヶ辻停車場線
一、景行天皇山辺道上陵柳本線 景行天皇山辺道上陵より磯城郡柳本町に達する路線
起点 磯城郡柳本町大字渋谷景行天皇山辺道上陵前
経過地 府県道奈良津線(磯城郡柳本町大字柳本に於て合接)
終点 磯城郡柳本町元標
一、成務天皇城盾列池後陵西大寺停車場線 成務天皇城盾列池後陵より西大寺停車場に達する路線
起点 生駒郡平城村大字山陵成務天皇城盾列池後陵前
経過地 府県道乾谷奈良線(生駒郡平城村大字山陵に於て合接)
終点 生駒郡伏見町大字西大寺、西大寺停車場
一、安康天皇菅原伏見西陵尼ケ辻停車場線 安康天皇菅原伏見西陵より尼ヶ辻停車場に達する路線
起点 生駒郡伏見村大字宝来安康天皇菅原伏見西陵前
経過地 府県道北倭奈良線(生駒郡伏見村大字宝来に於て合接)
終点 奈良市興福院町尼ヶ辻停車場線
一、顕宗天皇傍丘磐坏丘南陵下田停車場線 顕宗天皇傍丘磐坏丘南陵より下田停車場に達する路線
起点 北葛城郡下田村大字北今市顕宗天皇傍丘磐坏丘南陵前
経過地 府県道下田磯長線(北葛城郡下田村大字下田に於て合接)
終点 北葛城郡下田村省線下田停車場
一、武烈天皇傍丘磐坏丘北陵下田停車場 武烈天皇傍丘磐坏丘北陵より下田停車場に達する路線
起点 北葛城郡志都美村大字今泉、武烈天皇傍丘磐坏丘北陵前
経過地 府県道顕宗天皇傍丘磐坏丘南陵下田停車場線、同下田磯長線
終点 北葛城郡下田村大字下田省線停車場
一、宣化天皇身狭桃花鳥坂上陵橿原神宮西口停車場線宣化天皇身狭桃花鳥坂上陵より橿原神宮西口停車場に達する路線
起点 高市郡畝傍町大字鳥屋 宣化天皇身狭桃花鳥坂上陵前
経過地 府県道橿原掖上停車場線
終点 高市郡畝傍町大字池尻 橿原神宮西口停車場
一、欽明天皇檜隈阪合陵橘寺停車場線 欽明天皇檜隈阪合陵より橘寺停車場線に達する路線
起点 高市郡阪合村大字平田欽明天皇檜隈阪合陵前
経過地 府県道奈良和歌山線(高市郡阪合村大字平田に於て合接、同所に於て分岐)
終点 高市郡阪合村大字平田 橘寺停車場線
一、崇峻天皇倉梯岡上陵桜井停車場線 崇峻天皇倉梯岡上陵より桜井停車場線に達する路線
起点 磯城郡多武峰村大字倉橋崇峻天皇倉梯岡上陵前
経過地 府県道多武峰桜井停車場(磯城郡多武峰村大字倉橋に於て合接)同桜井八木線
終点 磯城郡桜井町省線桜井停車場
一、舒明天皇押阪内陵桜井線 舒明天皇押阪内陵より磯城郡桜井町に達する路線
起点 磯城郡城島村大字忍阪、舒明天皇押阪内陵前
経過地 府県道松山桜井線(磯城郡城島村大字忍阪に於て合接)同奈良津線(磯城郡桜井町大字外山に於て合接)
終点 磯城郡桜井町元標
一、齊明天皇越智[山+岡]上陵掖上停車場線 齊明天皇越智[山+岡]上陵より掖上停車場に達する路線
起点 南葛城郡越智岡村大字車木齊明天皇越智[山+岡]上陵前
経過地 府県道御所高取線(高市郡越智岡村大字車木に於て合接)同橿原掖上停車場線
終点 ( 掖上停車場、と思われるが抜けている)
一、天武天皇持統天皇檜隈大内陵橘寺停車場線 天武天皇持統天皇檜隈大内陵より橘寺停車場に達する路線
起点 高市郡高市村大字野口天武天皇持統天皇檜隈大内陵前
経過地 府県道欽明天皇檜隈阪合陵橘寺停車場線、同奈良和歌山線
終点 高市郡阪合村大字平田 橘寺停車場線
一、文武天皇檜隈安古岡上陵橘寺停車場線 文武天皇檜隈安古岡上陵より橘寺停車場に達する路線
起点 高市郡阪合村大字栗原、文武天皇檜隈安古岡上陵前
経過地 府県道奈良和歌山線 同欽明天皇檜隈阪合陵橘寺停車場線
終点 高市郡阪合村大字平田 橘寺停車場
一、元明天皇奈保山東陵奈良線 元明天皇奈保山東陵より奈良市に達する路線
起点 奈良市奈良阪町元明天皇奈保山東陵前
経過地 府県道乾谷奈良線、国道十五号線
終点 奈良市橋本町元標
一、元正天皇奈保山西陵木津線 元正天皇奈保山西陵より京都府木津町に達する路線
起点 奈良市奈良阪町元正天皇奈保山西陵前
経過地 国道十五号線(奈良市奈良阪町に於て合接)
終点 奈良市奈良阪町京都府界
一、称徳天皇高野陵西大寺停車場線 称徳天皇高野陵より西大寺停車場に達する路線
起点 生駒郡平城村大字山陵称徳天皇高野陵前
経過地 府県道成務天皇城盾列池後陵西大寺停車場線(生駒郡平城村大字山陵に於て合接)同乾谷奈良線
終点 生駒郡伏見村大字西大寺、西大寺停車場線
一、光仁天皇田原東陵奈良線 光仁天皇田原東陵より奈良市に達する路線
起点 添上郡田原村大字日笠、光仁天皇田原東陵前
経過地 府県道波多野奈良線(添上郡田原村大字須山に於て合接)国道十五号線
終点 奈良市橋本町元標
一、平城天皇楊梅陵西大寺停車場線 平城天皇楊梅陵より西大寺停車場に達する路線
起点 奈良市佐紀町、平城天皇楊梅陵前
経過地 府県道乾谷奈良線(奈良市佐紀町に於て合接)同郡山木津線、同乾谷奈良線
終点 生駒郡伏見村大字西大寺、西大寺停車場
一、後醍醐天皇塔尾陵吉野線 後醍醐天皇塔尾陵より吉野郡吉野町に達する路線
起点 吉野郡吉野町大字吉野山後醍醐天皇塔尾陵前
経過地
終点 吉野郡吉野町元標

認定変更の部

一、多武峰吉野山線を多武峰吉野線とし左の通変更 磯城郡多武峰村大字多武峰より吉野郡吉野町大字吉野山に達する路線
起点 従前の通
経過地 従前の通
終点 吉野郡吉野町元標

認定廃止の部

一、今井橿原線

一、岡高取線

[][奈良近遺調] 奈良県告示第三百八十五号

384号の告示日が7月7日になっているが、実際そうだった可能性が高い。 内容的には384号の時点で併記できたと思われ、あとで気づいて追加で告示したように思われる。

昭和十六年七月七日奈良県告示第三百八十四号を以て告示せる府県道路線認定並に変更に伴う道路の区域を左の通とし昭和十六年七月八日より附属物と共に之が供用を開始す但し後醍醐天皇塔尾陵吉野線の道路区域の決定及供用開始を除く

昭和十六年七月八日

奈良県知事 山内 逸造

一、道路の区域は従前及新築、改築の道路敷地とす

但し

1武烈天皇傍丘磐坏丘北陵下田停車場線は武烈天皇傍丘磐坏丘北陵より下田停車場に至る区間の外同陵前南折点より北方へ府県道勢野高田線合接点迄の区間をも同線の道路の区域とす

2天武天皇、持統天皇檜隈大内陵橘寺停車場線は天武天皇 持統天皇檜隈大内陵より橘寺停車場に至る区間の外、同陵前より北方へ府県道岡橿原線合接点迄の区間をも同線の道路の区域とす

3光仁天皇田原東陵奈良線は光仁天皇田原東陵より奈良市に至る区間の外同陵前より東方へ府県道波多野奈良線合接点迄の区間をも同線の道路の区域とす

[][奈良近遺調] 奈良県告示第三百八十六号 橿原元標

畝傍町道路元標の位置を指定。そして「橿原元標」も出てくる。

大正九年四月奈良県告示第九十二号道路元標位置中左の通変更す

昭和十六年七月八日

奈良県知事 山内 逸造

一、「畝傍町 大字畝傍橿原神宮前停車場前」を「畝傍町 大字久米橿原神宮駅前」に改む

一、畝傍町の次に左の如く加う

同 大字久米橿原神宮前(橿原元標

[] 奈良県告示第三百八十八号 橿原高取線、 橿原掖上停車場線路線変更

「奈良県報」 昭和16年7月11日(第2150号)より。前号をコピーしたらついでについてきた。結構重要。こういう変更が他にもあったかも知れない。すべての道が橿原神宮に通じる、みたいな。

奈良県告示第三百八十八号

大正九年四月奈良県告示第九十号府県道路線認定中左の通変更す

昭和十六年七月十一日

奈良県知事 山内 逸造

一、橿原高取線 高市郡畝傍町橿原神宮前より/高市郡高取町に達する路線

起点 「高市郡畝傍町大字畝傍」を「高市郡畝傍町大字久米橿原元標」に改む

一、橿原掖上停車場線 橿原神宮所在地より壷阪停車場に達する路線

起点 「高市郡畝傍町大字畝傍元標」を「高市郡畝傍町大字久米橿原元標」に改む

[] 2600年道路改修

http://library.jsce.or.jp/Image_DB/mag/dokai/pdf/21-03-0103.pdf


2013-09-15 この日を編集

[独言] あ

そのclaimもnagajisには向いていないのかも知れないな。うん。きっとそうに違いない。言われてもいない文句にムキになるnagajis哀れ。


2016-09-15 この日を編集

[ORJ] いちよう発行を終えたことになっている@22:00

503祭の裏でデータだけアップしておいた。はて大丈夫か。.htaccess二箇所はチェックしたしライブラリも書き換えた保存した。ヘッドラインだっとも21:50のタイムスタンプであげておいた。あとでもう一度確認すべし。

一陽と想夫恋、どっちかといえば一陽のほうが好きだったように記憶するがどうして好きだったかおよび味は覚えていない。想夫恋の麺はやけにパリッパリでそれが本来の焼きそばなんだろうけれども子供の自分には食いにくいだけだった。口の裏に刺さる刺さる。そのへんは一応覚えている。一様におしなべて昔の記憶である。

24:00確認したがトップ画像を読み込むところで503になってもた。ちゃんと貼れてるんかな。

[独言] どうしろと

検索で引っかかったから買ったら違うセットだった、って、そこまで責任追わなあかんもん南海。あんだけ状態コメントに書いてるのによく見ないで買えるもんだ。福井晴敏+人類資金で検索したら終戦のローレライが出てきたんで買ったら終戦のローレライだったって言ってるようなもんじゃんか。とかくこの世は住みにくい。

それよか亡国のイージスのタイトル化け、いい加減直してほしい。確たる影響はないが見るたびにモヤモヤする。

[煉瓦] 耐火煉瓦

別冊付録を作っていてこの際手持ちの耐火煉瓦写真をかたしてしまおうと思い立ち恐らく全部を突っ込んだ。ホシレンガのH.S.FIREBRICK★一個とか金屋淵のBYKとか。どれも中途半端ではあるが。

コメント書いている時に気づいたのだが現行のJIS(粘土質耐火れんが JIS R 2304)ではSK番号の記載が認められてないのだな。そうじゃなくてN1とかN2とかの略号もしくは製品名、製造者名およびその略号が記載可能。1952年に制定されたときにはSKの記載が認められたか必須だったかしてたんじゃないか。でないとSK表記の耐火煉瓦があんなにあるわけがない。もしくは現行の三石耐火の製品のように製品番号=SKグレードみたいな感じか。これだってSK廃止の後を受けての窮余策に見ゆるんだが。

お恥ずかしいことに耐火れんがと耐火断熱れんがが異なるものだとか粘土質/高アルミナ質/マグネシア/クロムで違う規格が作られていることだとかを初めて知った。そのへんの規格の変遷をきちんと整理すれば耐火煉瓦の刻印から一層多くの情報を読み取れるようになるかも知れない。しかし古いJISハンドブックを所蔵している図書館がなく旧JIS規格票は国会図書館関西館まで行かないといけない。コピー取り寄せでもいいんかも知らんが著作権云々で全コピー出来ないらしいし。

画像の説明そもそも耐火煉瓦まで逸れていいんだろうかという逡巡もある。普通煉瓦と違って耐火煉瓦は工業製品として全国各地に流通した気配があり(ライオンの歯磨粉が鹿児島でも北海道でも売ってるようなもので)なおかつ廃棄品はガーデニングや舗装用によくリサイクルされているため1次の移動(製造工場→使用工場)や2次移動(工場→解体で近傍に転石)だけでなく3次の移動(解体後リサイクル材として他所に転用)が結構頻繁に起こっているように思われる。事実伊保の友田神経内科の建物には愛知産と岡山産と九州産が混じって使われている(集成には入れなかったが九州耐火煉瓦KTRも使われている)。さらに言えば耐火物工場は各地に分工場があった。同じ黒崎窯業でも産出場所が異なるかも知れない。こうなってくると煉瓦刻印の分布とか建造物の年代推定に使いたいとかいう発願は成就できない。調べてもあんま意味が無い。

ただ、ようわからんことがようわからんまま放置されている状態を整理したいとは思う。単に耐火煉瓦だとわかるだけより、三石耐火の耐火断熱れんが横せり1型やとかわかったほうが面白い。SKグレード表記はいつ頃からいつ頃まで、みたいなことがわかったら面白い。面白いと思うことをやりたい。

なのでいずれ関西館に足を運んでみようと思う。それと豆腐町遺跡2。兵庫県立図書館にしかないかと思ってたけど関西館にも所蔵あるんだな。しかしあそこはとてつもなく不便なところにあるんだよなあ。車以外でどうやって行けと仰るか。岡町駅から検索したら関空行ってリムジンバスで向かえと出た(笑)。なんぼかかんねんっちゅう話や。

耐火煉瓦の製造史については大日本窯業会による窯業史のなかで章立てて取り上げられているし、近年でも「耐火煉瓦の歴史」という好著があって新刊入手可だ。素人が無理してまとめる必要はない。ただ刻印から何をどう読み取ることができるのか教えてくれる文献はなさげ。その時々の専門家がその当時の読み方を知っていて、生産家もその需要と要求に答えられればそれで良かったのだから、誰も必要としていなかったものであって、存在しないのは当然だ。

[独言][文芸] 中傷の名月

薄曇りの隙間から拝むことができた。多少雲があったほうが風流に思う。もうちょっとで全部見えそうだ、あ、また翳った、ていう感じでいつまでも眺めていたくなる。

しかしこの状況(地球上の観測者ー雲ー月の位置関係)をスケールダウンして例えると

目ヤニで曇ってディスプレイが見えにくい

ていう感じなんだろう、と気づいてしまって一瞬で興ざめした。この印象を文芸してみたかったのだが断念した。

ハロさえも説明できてしまう科学の無粋

2017-09-15 この日を編集

治ったんじゃないのかよ!


2018-09-15 この日を編集

[ORJ] 発行

またひとつとしをかさねてあきのかぜ。書くことで気づくことも多い。有り難いことである。

[][煉瓦工場] 堺煉化石同盟販売所 大阪毎日M22.1.3.

比較的余裕を持って進められたので昼間は図書館へゆく。そうして毎索を漁る。やはりこの方面を探るのは正解であった。かなり重要な情報をゲット。

画像の説明東雲新聞に出ていたのとほとんど同じ堺煉化石会社の広告がM21.12の早い段階に出てくる。その後小記事で組合設立の話が出てきて、翌年早々にこの広告が出ている。2月の記事には会社として登記が完了したことも出てた。継続期間は3ヶ年と短い。

この時期堺の煉瓦工場が組合を結成していたことはM22.7.の記事にもあるが、その構成工場や設立日がはっきりしたんは大きな収穫。要するに堺煉化石・原口・稲葉組・その他昔からある小工場がまとめて加入してたわけである。ここに成金社や旭商社が入っていないのは注目すべき。そうしてM22.1.から始まっている由良要塞の構造物には若井煉瓦(←成金社)や(推)旭商社や(推)共立社や和歌山煉瓦石の刻印ばかり見つかっているのだ。な・ぜ・だ。組合を通さないほうが安くで買えたからか。ただし第4砲台の細い★印などは組合経由かも知れぬ。あとM29には若井や附洲や岸和田も煉瓦組合に入ってる。そのへんまで詰めないと断言はできない。

[][煉瓦工場] 青山商会(←青山工場) 大阪毎日M22.2.2.

画像の説明粘って目を通した2月分にはこれ。この少し前に青山工場が「堺煉化石製造所 青山商会」と名前を変えたことが広告されていて、しかしそちらには「山」マークはない。初めは「青山商会=堺煉化石会社の分工場?」と誤解してしまったが、そうではなく、組合結成により「堺煉化石」をブランド化しようとしていて、そんな「堺煉化石」を作っている工場だというアピールのようである。分工場だったら分工場だと明記しているはず。そして第一分工場だった丹治煉瓦が独立名で前広告には記されている。

この、隷書体の山に近い意匠的な山マーク、類似刻印が奈良駅の旧転車台で発掘されている。報告書では山城煉瓦の刻印か?とされていたものだ。まさかそれが堺発だとはな。そうするとアルファベット刻印も出所を考えなおさないといけないかも知れない。転車台からは漢数字刻印も見つかっているのだ。

青山工場(青山商会)はM19創業でM22度まで生きていたことが確認されている。だとするとあの転車台も開業時のものと絞り込めるかも。しかし山城≠山刻印だと確認されたわけではないからな。。。(そういうわけでマタ新情報追加でございますT様)

なんだかんだと、この時期の煉瓦製造業の真影に迫れている。すごく大変な作業だがわかった時のエウレカは大きい。裸で疾走するくらいじゃ済まない。

ていうか、窓口を一元化し粗製乱造を防ぐために堺煉化石同盟販売所が作られたんじゃないのか。加盟工場が自社宣伝の広告を出してたら意味無いじゃんか。改名の告知は必要だろうけど。。←この年7月には脱退しておったらしいから早々に居なくなっていたのかも。この年7月の記事では組合外の3社のひとつになっておる。かわりに附洲商社が入ってる。

堺煉化石会社の名前は上記記事にも出てくる。稲葉組はこの年9月・10月頃には高石へ移転してしまうが、それが脱退を意味していたかどうかは不明。M29には稲葉組自体存在してねえ。

[奇妙なポテンシャル] 130年前のティザー広告

画像の説明

大阪毎日新聞M21.12.24.6面。広告面である。様々な広告がごちゃごちゃとひしめいている中に、妙に白地が目立つ区画があり、否応なしに目につく。

画像の説明博文堂 原田庄右衛門 広告領地

とあるだけである。

始めは広告原稿の入稿が間に合わんかったんか?などと思ってしまったのだけれども、翌日も翌々日も同じような「領地」があって謎は深まるばかりだった。しかしその次の日の新聞に、博文堂のごく普通の広告が載っていて、ちょっとガッカリしたことだった。要するにそういう新手の広告だったわけである。「こは何ぞ?」と気を引いておいて4日目の広告に注目させようというものなのだろう。今でいうティザー広告みたようなものか。

この頃の広告は文字ばかりなのが多く、自分みたいに何か目的を持って読もうとしているような人以外はなかなか読まないだろうと思う。そんななかで何とか目立とうとして風変わりな広告が現れ始める時期のようで、例えばその広告だけ天地逆になっていたり、けったいなイラストを添えてみたりといったものが時おりある。●●●●●●●●●●で囲ってみたりするのはまだいいほうだ(そういう広告のほうが煩くて読もうという気が殺がれるのだけれど)。

ちなみに4日目にどんな広告が載っていたかは忘れた。同社刊行の本の広告だったと思う。

当時の大阪毎日の広告料がどのような計算になっていたのかわからないが、時事新報だったかは1行○銭・掲載日数が増すごとに安くなる仕組みだった。毎日も面積ではなく行数で計算されてたとすれば、3行×3日+数十行×1日ということになり、毎日同じ広告を掲げるより安上がりになったかも知れない。

[][煉瓦工場] 琵琶湖疏水工場→京都監獄 大阪毎日M21.12.30.2面

琵琶湖疏水工場がM22.3に閉鎖されるので工場施設を京都監獄が買い取って同所で煉瓦をつくる、という記事も掘り出した。「煉瓦史」にはない流れである。

考えてみたらアレなんだ。蹴上工場はM22.3に終わっていて、開業はM23.4.9。その間の工事には作り溜めた煉瓦でまかなえたかも知れぬが、第三隧道はM22.3.26に完成してるし安朱川橋梁の区間なんかはM22.12.25までかかってる(琵琶湖疏水要誌)。総合して蹴上製以外のが入っててもおかしくはなく、もし上記の通りに行ったのであれば「カ二」の「カ」が監獄のカであってもいいわけだけど、膳所なのか京都なのかという余計な悩みが増えることになるわけだ。なお南禅寺水路閣には蹴上工場の刻印のない煉瓦が使われている。しつこく見たもん。

○煉化製造所 京都府監獄に於ては囚人に煉化の製造を為さしめんとの事にて既に本年府会号外議案にて決議にもなりしが愈来る二十二年度即ち明年四月より疏水工事に使用する山科煉化製造所は不要に属するを以て之れを買上げる事とし修繕を加えて同所にて京都監獄煉化製造所と為し廉価を以て広く人民に販売するの目的にて四月より実施せらるる事とはなりたり

2019-09-15 この日を編集

[奇妙なポテンシャル]シメル

画像の説明

こういうのに非常に弱い。普段閉められてあるべき扉に閉め忘れを諌める目的で「シメル」と書かれてあるだけなのだがしかし、その姿から無限の物語が引き出せそうな気がしてならず、様々なドラマが秘められているように見えてならず、見過ごしたり忘却したりすることができない。この扉を締め忘れるという極些細な失態がいかなる悲劇を産み反省させられたのであろうか。どんな不利益を被ったのであろうか。家の中の扉である以上は家人に向けて示された「シメル」であるはずでかつて起こったであろう悲劇もまた家人だけが記憶するところの事象であるだろう。訪ねて問い質してみたい気さえする。


2020-09-15 この日を編集

[独言]青い

原稿を書くときは今でもTF-101を使っているのだが、いつの頃からか、スリープから復帰した時に画面が青くなってしまう症状が出るようになっている。本来白で表示されるべき部分がC10%くらいの薄水色になってしまう。これを書いている今もその色である。

再起動すれば治るのでそれほど気にしてはいないが、書きかけの原稿を保存せぬまま置いてあった時に青くなって、保存せぬまま再起動してしまい、せっかく書いた部分が藻屑になってしまったことが何度かある。使っているテキストエディタは再起動時に保存を聞いてくれたりしない。Androidのシステムの特性なのかも知れない。

書いた原稿が消えてしまうのは悲しいことである。数十分数時間呻吟して絞り出した文章が無駄になるのはその時間の分だけ無駄遣いしたような気になる(だったら睡眠時間を減らすとか同じ本を読むとかいった無駄をなくせばいいとは思うけれど。実行したことはない)。例えそれが後で原型を残さないほどに書き直されることになるだろうとしてもだ。

だからというわけではないけれども今は再起動せずに書いている。別に書きたいことがあるわけでもないし書きかけの原稿があるわけでもないのに。今までとは違うことをやってみるタイミングはいつもそんなだ。長いことやろうかやるまいか悩んでいて、いざやるとなるタイミングは、いつだって何という切っ掛けもなく、あ、やろうといった具合い。これもまた無駄なことではある、悩んだ時間がとても無駄だ。もちろん、その呻吟の間に知らぬ間に戦略を立てていて、そのお陰で行動がスムーズになっているのかも知れないが、そうやって上手く行くよりも「えいや」で始めて当たって砕けたほうが身になることが多いような気がしている。砕けずに上手く行けばなおさら面白い。イキアタリバッタリで生きているnagajisである。

さて……船坂後半、どうなることやら。見てきたものは多いがてんでバラバラだ。そのまま書けば事実の羅列で終わってしまいそうである。一応は煉瓦で芯を通せるだろうと踏んでいるが求心力のある芯だとは思えない。瓦礫の山にならぬよう気をつけよう。

サブ記事はどうしよう……いい加減鉄道学園片付けようか。これも面白い発見があったわけでないので乗り気薄なのだが。


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